第18話
嬉しそうに口にするエレオス。曰く、1は魔法陣の本体を表す数字であり、恐らく一番に描かれた魔法陣であるとのことだった。代入していた数字にもそれぞれ図形が充てられており、魔法陣に描き足された補助図形がわかるのだという。
「代入した数値がこれなら、補助図形はひし形だな。……これか」
エレオスはぶつぶつと呟きながら扉に手を伸ばした。ヒタリと触れた指先が複雑に重なった魔法陣の上をツゥと滑っていく。ヴェーチェルにもジズにもひし形らしき図形は見えなかったが、彼がそう言うならそうなのだろう。
「このダミー図形を抜いて……、ここに核の魔法陣、これが補助図形なら…。うん、もう一つあるな」
「もう一つ、同じ式があるってこと?」
「いや、補助図形が違うから式は違う。1が解の式がもう一つあるってことだ」
今回代入した数字がひし形を示していたため、違う数字を入れたら当然結果も変わるだろう。それはわかったが、ここで一つ疑問が浮かぶ。
「なるほどねぇ。……ところであとどれぐらい式を解くのかな?」
「なんだ?もう嫌になったか?」
ヴェーチェルが苦笑しながら訊ねる。その困ったような表情にエレオスは意地の悪い笑みを浮かべながら彼を振り返った。ヴェーチェルはさらに困ったように頬を掻きながら目を泳がせる。
「いや、いつまで続くのか、聞いとこうと……」
「そうだな、今の解を導くまでに大体70通りの式を解いただろ?それをあと四・五回は覚悟しろ」
「……聞くんじゃなかった」
ヴェーチェルは深々とため息をつく。その隣で黙々と式を解いていたジズの手も一瞬止まったので、恐らく彼も同じ気持ちを抱いているに違いない。
二人が解いている式自体はさほど難しくはない、先も言ったように四則演算と方程式の応用だ。しかし、代入する値がエレオスによって指定されているので、実質二人が解いているのは四則演算の式なのである。その捻りのない単純明快すぎる式を何回解いても一向に先が見えて来ないことが精神的にものすごく辛い。これなら極限まで練り上げられた複雑な式を一つ解く方が楽だと言えるぐらいに。
「だから時間かかるって言っただろうが!てめぇらそう言うけどな、こちらとら魔法陣の形を見て一から式を立ててんだぞ!?なんか文句あんのか!あぁん!?」
突然プツンと何かが切れたのか、エレオスの表情から意地の悪い笑みが消える。その瞬間にとんだのは怒号だ、どうやら癇に触ったらしい。しかし、元々彼の気が短いことを知っているヴェーチェルはヘラリと笑って首を傾げる。それが余計にエレオスを刺激したのは言うまでもない。
「そうだった、ごめんごめん。僕らが悪かったから落ち着いてよ、レオ」
「そうだった、じゃねぇ!てめぇのそのにやけた面がムカつくんだよ!そんな誠意のこもってない謝罪なんかいらねぇからさっさと頭と手を動かしやがれ!」
「うーん、疲れてるねぇ。ねぇねぇ、飴もう一本いる?」
「はっ!?てめぇガキ扱いすんじゃねぇ!!」
「はいはい、そこまでそこまで。不毛なやり取りに費やす体力はないでしょ?」
ぎゃあぎゃあと言い合う二人、主にエレオスを止めたのは、それまで黙って式を解いていたジズだった。彼は文句言いたげに振り向いたエレオスの目前に紙を突きつけながら続けてやる。
「ほら、解が3の式出てきたよ。こっちもそろそろ解ける、多分1になるんじゃない?あとは2だけだ」
「……なんだって?」
「レオが大変なのはわかってるから、そうやってヴェーツも煽らないの」
「あ、うん。ごめん」
突きつけられた紙を見て瞠目するエレオスとヴェーチェル。なにボサッとしてんのさ、とジズはため息をつきながらも早々に次の数式を解きにかかっていた。エレオスとヴェーチェルは顔を見合わせると、無言で拳をつき合わせた。悪かった、という意だ。
「あーあ。今ので頭真っ白になった。どうしてくれんだよ」
飴棒をギリリと噛みながら視線を落とす。ヴェーチェルがその目の前にそっと飴を差し出すと、彼は黙ってそれを取りあげて口に含んだ。まろやかな酸味のこの飴はレウムが差し入れてくれたものである。なんでも、彼が自身の魔法を研究している時の副産物らしい。食べられるものが限られている地下では贅沢品だ。
「ねぇ、レオ。この式はダミーなんだよね?」
今まで計算してきた式の書かれた紙を見ながらヴェーチェルが呟く。エレオスは触るなと抗議したが、ヴェーチェルは構わず紙を全て一つにまとめると、絶句する彼の前に再び並べ出す。
「多分レオは魔法陣が『見え過ぎてる』んだと思う。でも、僕とジズにはこの魔法陣の表面しか見えてない。だから、見えないなりに仮説を立ててみた」
ダミーを示す4から9までの解ごとに六つに分けられていた紙の束。今ヴェーチェルによって並べ直された紙の束は三つ。解が4の束、5と7の束、6と8と9の束。
「さっき解いてて思ったんだけど、素数の解を持ってる式は代入してる数が全部一緒なんだよね。だったら、5と7の束は全部同じ図形ってことでしょ?」
「確かに同じだな。お前の言う通りだ、この解なら三角形を表している」
「そっか。じゃあこれが12枚あったから、三角形が12個あるんでしょ?僕がみる限り扉の魔法陣の、これと、これと……」
エレオスとジズが呆然と見守る中、ヴェーチェルは実際に扉の魔法陣を見ることなくスラスラと紙に三角形を重ねていく。そうして完成した図形を扉の魔法陣にかざすと、なんとピタリと重なったではないか。
「どうかな?」
「……この記憶力オバケが」
エレオスは苦笑した。それはすなわち、ヴェーチェルの仮説が正しいことを示している。するとヴェーチェルは間を置かずに言った。
「じゃあ4の束だけど、この三つの束の中で一番少ないし、代入した数も全部違うから、図形は全部重ならないってことだと思うんだ。一つしかないこれとこれと……」
彼は先ほどの三角形の上に、次々と図形を重ねていく。またも扉の魔法陣を見ることなくである。ここまで言えばもうお気づきかもしれないが、ヴェーチェルは一度見たものを忘れないという超人的な記憶力を持っていた。たとえどんなに複雑な魔法陣でも、どこになんの図形が描き込まれていたかを思い出すことなど朝飯前だ。
「はい、あがり!これも一致するね。残るは……」
「6と8と9の束か」
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