第19話

 三人は再びここで手を止めて首を捻った。残った数の共通点を探してみた。代入した数は全て異なっており、そこに法則性は見当たらない。

 「6は五枚、8は四枚、9は七枚。……全部合わせて十六枚か」

 「ということはダミーはあと十六あるってことかぁ…」

 「ただ、どの図形がダミーかはわからない、と」

 紙を広げて唸ってみても答えは見えない。なにしろ最高機密を護るために使われるような術式だ、そう簡単に解けるようには作られているわけがない。エレオス曰く、過去には一ヶ月以上かけても一向に解けなかった事例もあったとか……。しかし、彼はこの術式はそれほど時間はかからないだろうとも見立てた。確かに紛らわしい魔法陣だが、きちんと順を追って解読していけば解けるようなものであると。

 「ジズ、まだ解いてないのは何枚ある?」

 「まだまだあるよ…、キリがない」

 「いや、4、5、7の式に代入した数の式は捨てていい。考えながら立てた式だから同じのも混ざってるかもしれねぇ」

 「じゃあ、今言ったやつは半分に折ってこっちに置こう。念のためまだ捨てないで……」

 その時、階段を降りてくる足音が聞こえてきた。暗闇から姿を現したのは白い肌を這う灰色の鼠。その刺青の持ち主であるレウムが持つ盆からは香草のいい香りが漂ってくる。スープとビスケット、コバルティア定番のメニューだ。

 「君たち、ちょっと休憩したら?」

 敷物の上に散らばった大量の紙とその上に覆いかぶさるようにうずくまって唸る三人組。それを見たレウムは呆れたように目を細めた。

 「ほら、一旦どけたどけた」

 レウムは紙の束を無造作に、しかしバラけないように取り上げると、彼らのちょうど中央に盆を下ろし傍らに新しい夜光草の灯りを置いた。階段を照らすヒカリゴケと扉の前に一つ夜光草はあったのだが、これのみではさすがに暗かったため追加を頼んでいたのである。そのついでにと食事も持ってきてくれたらしい。

 「ティポラのスープ、ビスケットを砕いていれると美味しいよ」

 ティポラの鱗茎をきざんで香草で風味をつけたスープにアーエリ粉を捏ねて熱を加えたビスケットを砕いて入れる。なんと贅沢な食べ方だ。解読に行き詰まっていた三人はその香りにつられて手を止め、レウムに礼を伝えて器を一つずつ手に取った。

 「解けそうなの?」

 彼はその場に腰を下ろしてスープを一口すする。ヴェーチェルとジズが振り返ると、エレオスはビスケットをそのままかじりながら視線を落とした。

 「糸口は見えてきている。あともう少しなんだが、そこが難しい」

 「へぇ、すごいね君。これ、最上位の結界なんでしょ?こんなに緻密に練り上げられた魔法陣の解読の糸口を半日そこらで見つけるなんてさ」

 「そんなことねぇよ、まだ糸口だけだ。解読できてないんじゃ話にならねぇ」

 レウムの称賛に素っ気ない反応を返すエレオス。確かに未だ結界は解けていない。解読することは当たり前、どれだけ解読に近づいたかは彼にとってどうでもいいことなのだろう。

 「レオ、君の翼でサクッと演算できないの?前に言ってただろ?磁場とか絡繰りの信号とかに干渉できるって」

 「ヴェーツてめぇ、俺を殺す気か?」

 エレオスの使役する《絡繰リノ翼》、その翼には先述の通り大きくわけて二つの能力を持っている。一つは廻廊で展開した攻撃能力、翼を構成する無数の武器を操り銃弾やナイフの雨を降らせるなど集団戦に特化した能力だ。そしてもう一つは解析能力、翼から発せられる魔力を利用して相手のそれを意のままに狂わせ操る能力だ。この能力を応用すれば、魔法の力で自動に動く絡繰りはもちろん人を操ることも、信号を狂わせて破壊することも可能なのである。それこそ結界の式を改竄することだって……。

 ただし翼を展開している間、彼は膨大な魔力を消費してしまう。併用すれば《エヴィルノ・カーシェ》を解くための魔力まで消費してしまうことは目に見えていた。だから彼はこんなにも回りくどい方法で結界を解こうとこころみているのであった。

 「それが使えれば、これが楽に解けるの?」

 「まあな。けど、使えねぇから苦労してるんだよ」

 パキンとビスケットが割れる音がする。エレオスの表情に悔しげな色がじわりと広がるが、彼はうつむいたまま黙ってスープをすすった。そこからはしばしの沈黙、レウムを覗く三人は何となく口を開きづらい雰囲気に苦い表情を浮かべていた。しかし、当のレウムは扉の魔法陣と導き出されたダミーが書かれた紙とを見比べつつ、時折チラリとエレオスの方に視線を送っている。何してるのかとジズが問うが、レウムは応えずひたすらその行動を繰り返した。

 気の短いエレオスはすぐに顔に苛立ちの色をにじませる。しかしレウムは臆することなく、すぐさま文句を言おうとするエレオスのストラをグイッと引っぱりながら言った。

 「ねぇ、神父。もしかしたら、解けたかもしれない」


 

 

 

 

 

 

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