第3章:旧図書館にて

第16話

 あらゆる資源が不足した地下で民の生命を支える至高の物質とはなにか。人体を構成し、作物を育て、隔絶されたこの空間を循環させるもの……。

 水である。

 追手から逃れるためコバルティアの開祖たちが選んだ道は地下に都市を造ることだった。そこで山積された深刻な問題の中には当然安定した水の供給元を確保することがあげられていた。もちろん、開祖たちは魔法に精通した賢者たち、水の使役などお手の物だし大抵のことは魔法で解決できた。しかし、魔法を使うために必要な力は有限である。水を扱える魔導師が今後も生まれ続ける保証もない。先祖の都合で地下で暮らすことを子孫たちに宿命づける以上、少しでも不自由なく暮らせるような永久機関の構築は必須だ。だから、開祖たちは子々孫々に至るまでこの地下都市を維持するための機関構築に多大なる力を注いだのであった。

 コバルティア中央には《ヴィーダ》と呼ばれる大きな蔓植物の木がそびえ立っている。これこそが開祖たちがたどり着いた答えのひとつ。《ヴィーダ》は地に浸透した地下水を葉や蔓にたっぷり蓄え、己の身で浄化した水を根から滴らせる。水は再び土に還って地を潤しながら循環を続ける。その性質を活かし《ヴィーダ》の根数本をコバルティアの管理下に置いて水を得る仕組みを構築したのである。

 限られた水を争わぬよう、水は族長によって管理されるようになった。それを皮切りに限られた資源は全て族長によって管理され、必要な分だけ住民に配給するようになった。元々資源不足が深刻な地下、族長管理下にあり民らに配給するものは次第に増えていった。

 地下では貴重な灯りとなる《夜光草》もそういった経緯で族長によって管理されていた。それを育てる役目を与えられたのがフィリオ、族長の側近である。鉢に植えられた《夜光草》の入った花籠を持つ彼の表情はどこか暗くやるせない。

 「《夜光草》の採集終わりました。本日は20株、いずれも小ぶりです。これでは五日持つかどうか……」

 「そうですか。もうそんなに少なくなってしまいましたか」

 《夜光草》の生育が悪い理由を知っている族長は中空をあおいで目を細めた。

 「喜ばしいことです。……とはいえ、探索命令を出すのが遅すぎました。この状況を作り出した元凶は私です」

 司書、神父、医者…、刺青を持つ三人の智を結集すれば、新たな灯りを作ることは可能だと、族長は以前から考えていた。もっと早くあの三人に命じていればここまで深刻になる前に手を打てたはずなのにと彼は続けた。

 「いいえ!いいえ!全ては僕のせいです!!」

 僕が、僕が……っ。

 瞳を揺らし手を震わせながらうつ向くフィリオ。悲痛な叫びだった。それを受け族長は優しく笑う。

 「誰も貴方を責めていませんよ。貴方が提案した《灯明》はこの地下に灯りをもたらし、地下で暮らせることを実証してくださいました」

 「それでも…っ、開祖の造ったコバルティアを捨て、同胞を閉じ込めたあの忌まわしい出来事を不幸な事故と割り切ることはできません」

 「フィリオ……」

 《灯明》。地上より持ち込んだろうそくに魔法で火を灯した、旧コバルティアを照らす灯り。その照明を提案し火を灯した魔導師こそ、今族長の前でうなだれるフィリオであった。

 開拓時、開祖たちが持っていたろうそくの本数には限りがあったが、幸いにして地下に適応した植物から採取した油でろうそくを作る方法を見つけたのだ。彼は自身が持っていた火の魔法とろうそく作りの技術とを活かして都市を照らす灯りを作ることを提案し、民の総意で《灯明》を都市に置くことになったのである。それが結果的にあの忌まわしい出来事を引き起こす遠因となったことをフィリオはずっと後悔し続けていたのである。

 「僕のせいで親友のレウムを置き去りにすることになった。死ぬことも許されないで、ずっと閉じ込められて……」

 「あの子達を残さなければ、今のコバルティアはなかった。貴方のせいではありません……。全てはその決断をした族長の私の責任です」

 「でも……」

 「貴方のせいではない。……しかし、貴方の贖罪の気持ちが消えないのなら、あの三人に知恵を授けなさい。彼らは火を知りません、灯りとはどんなものかを知りませんから」

 それが貴方たち先駆者の役割なのですよ、フィリオ、レウム。

 族長は優しくそう告げた。

 

 

 

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