第15話

 困ったように呟くヴェーチェル。

 夜光草に代わる火を使わない安定した光源、それを作ることがどれほど難しいことか。図書館の本からたくさんの知識を得ている彼は、それがどんなに困難であるかを承知していた。頭を抱えるヴェーチェルにレウムは一つ提案をしてきた。

 「君たちの時間が許す限り、ここでゆっくりしていくといい。この小屋は先人の施した浄化の魔法のおかげで空気も澄んでいる。長い間外に出ていなければ中毒になることもないから」

 こんな所までやってきて、戦利品が灯明の欠片と真実の歴史のみではあまりに味気ないでしょう?

 言われてみれば確かにそうだ。ヴェーチェルが隣に座るジズとエレオスの方を向くと彼らもしきりに頷いていた。

 「そうしよう。体力も回復させたいし」

 絡繰りとの戦闘は彼らの体力を予想外に消耗させた。このまま引き返してまたあの廻廊を通るのは少々厳しいだろう。仮にそうして帰っても収穫は灯明の欠片のみ、サンプルとして役にも立ちそうにない。ならば無理をして帰るよりはまだ何か知っていそうなレウムから話を聞く方が有意義だろう。

 「決まったならこちらへ。見てもらいたいものがあるんだ」

 そう言ってレウムは部屋の奥の方へ向かって歩きだした。その先に見えるのは地下へと続く螺旋階段。光源がないのか先は真っ暗で、どこまで続いているのか全く見通せなかった。レウムがさっさと進んでいってしまうので、三人も彼を追って階段を降り始めた。

 壁面にはところどころにガラスの容器が吊るされていた。コバルティアでも見かける灯り入れと同型。レウムがその中にある玉状になった植物を指でつつくと容器からほんのりと灯りが漏れ出した。

 「それは?」

 「ヒカリゴケの品種改良したもの。外部から刺激があると光る性質を持っている。寿命が短いから常備灯にはならないけど、たまにしか使わないここの灯りには最適なんだ」

 真っ暗な階段もそのおかげで少しずつ明るくなっていく。先が少しずつ見通せるようになったが、螺旋階段はまだまだ続いていた。途中レウムに求められ、味気のない自己紹介とコバルティアでの職について答えながら進む。こんなに深く……一体どこにつながっているのだろうか。

 「そっか、現司書と現神父がいるなら好都合。私では読めないんだ」

 「読めない?文字が?」

 「いや、そうじゃないのだけど、説明が難しい。疑問も多いと思うけど、もう着くからその目で確かめて欲しい」

 そう言ってさらに歩いていくと、ようやく螺旋階段の終わりが見えてきた。暗闇の先にあったのは大きな木製の扉、微かに明滅する光が遠目に見える。近づいていくとその光が何かの紋様を描いているのがわかった。

 瞬間、エレオスが怪訝そうに眉を潜めた。

 「《エヴィルノ・カーシェ》…」

 「…なんだって?」

 ジズは彼よりももっと怪訝な顔をする。

 「最上位の封印だ。最重要機密を封じる場合に使われる奴。実際に見るのはこれが初めてだが、三重も施すなんてよっぽど見られたくないものがこの中にあるのか?」

 「見られたくないものなのかはわからないけど。……まだここが《コバルティア》と呼ばれていた時、この扉の向こうには図書館があった」

 レウムは懐かしそうに目を細めながらドアノブに手をかける。だが、ノブをいくら下に下げて押しても扉はびくともしなかった。

 「私が最後の一人になる前に、先生たちがここに封印をかけた。地上の記憶を、旧階層の歴史を、全てを忘れないようにと。外せるのは封印に精通した教会の神父たちだけだ。だから、君ならこの扉を開けられるはず」

 ということで、よろしく。

 そうあまりにも造作なくしれっと言い切るので、矛先を向けられた当人は、はあぁ!?と苛立ったような表情でレウムを睨みつけた。

 「《エヴィルノ・カーシェ》なんて解いたことねぇに決まってるだろ!?ましてこんな厳重なやつ、見習いの俺に解けるかってんだ!」 

 「教えられているはずだよ。神父たちが一番最初にならう解読式だって、先生たちは言っていた」

 「はっ!一番にならうやつだと…?ふざけんなっ!!あんなん開けるための術だぞ?式を立てるだけで何日かかると思ってんだ!」

 「ちょっと落ち着いてよ、レオ」

 掴みかからんばかりに噛みつくエレオスをヴェーチェルが必死になだめる。レウムはまさかそんなに怒られると思っていなかったのか、驚いた表情をして彼を見つめていた。やがて、まぶたを下ろしたレウムは、それでも開けて欲しい、と口にする。なおも噛みつこうとするエレオスを遮るように、レウムは少し強めの調子で言い放つ。

 「何日かかっても構わない。それでも君たちにはこの扉の向こうにある壊れていない《灯明》を見て欲しい」

 しばしの沈黙が流れた。その場に居合わせた全てのものが口をつぐむ中、うわ言のように、

 「まさか、まだ残ってると?」

 ヴェーチェルの目がキラリと光る。エレオスがものすごく嫌そうな表情をこしらえた瞬間、ヴェーチェルは素早くこちらを向き直る。

 「ここ、開けるよ」

 「お前がか?」

 「君が開けるに決まってるでしょ?僕もジズも式組むの手伝うから開けてくれ」

 「……ちっ、結局こうなんのかよ。……わぁーったよ!やりゃいいんだろやりゃ!」

 盛大な舌打ちと共にちくしょうだの覚えていやがれだの聞こえてきたが全て黙殺する。その代わり、今度何か頼まれたら快く引き受けてやろうとジズとヴェーチェルは心に決めたのだった。

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