第14話

 その衝撃的なひと言に三人は息を飲んだ。

 「夜光草を、作った……?」

 「そう。刺青を持つ私に与えられた力は植物に死んだ生き物の魂をかけあわせるもの。長らく役に立たないとされた力だ」

 レウムはそう言うと、彼らの背後に置かれていた戸棚からレオーネの鉢植えとツェクーペの瓶詰め標本を取り出して机に並べた。レオーネは綿毛で種を飛ばす植物、ツェクーペは繭を作る小さな翅虫だ。

 「このツェクーペは一昨日死んでしまった。でも、魂は通常七日ぐらいは体の近くをさ迷っているから、それを見つけてこの小瓶に体と一緒に捕まえておくんだ」

 これをかけあわせる、とレウムは言う。おもむろにレオーネの綿毛をツェクーペの瓶に入れてコルクを閉じ、続けて取り出した万年筆でコルクに細やかな紋様をサラサラと書き付けていった。三人が見る前で彼がコルクをコンコンと叩くと、瓶の中の綿毛と翅虫はまるで砂のようにフワリと溶けてしまった。底に残ったのは少量の植物の種のみ。

 「これがルコットの種だ。君たちも知っているだろう?」

 ルコット、それは衣服を作るための繊維と糸の原料としてコバルティアで育てられている植物だ。廻廊に自生していないため、夜光草と並ぶ貴重な植物としてこちらも族長の管理下にある。まさかこのようにつくられた植物であったとは…。

 「……これって、体は死んでるけど魂は近くにいてまだ生きているってこと? そんな馬鹿な……」

 魂の話が出た瞬間、一番疑念を含んだ表情になったのはジズだった。彼は魂の有無に関してかなり懐疑的だったので、目の前でつくられた種を見てもにわかには信じがたかった。

 だって、こんな力があったら……。

 黙り込んだジズを見て、それまで黙っていたエレオスがやれやれと呆れ顔をこしらえた。

 「お前、魔法は信じるのに魂となると信じないのかよ。本当に変な奴だな」

 「だって、魔法は俺たちだって使えるでしょ?その効果だって知ってる。けど、魂はわからない。俺、見たことないしさ」

 ジズがそう反論する。エレオスが呆れていると、まあ魂を見たことなければ当然の反応である、とレウム。

 「むしろ君がすんなり受け入れている方が私には驚きだ」

 「……まあ、俺は一応神職者だしな。魂の一つや二つぐらい見たことあるんだよ」 

 「え!?初耳なんだけど、レオ」

 「お前に話すとめんどくさいことになるからな。……というかお前、その瓶の中のヤツが本当に見えてないのか?」

 「は?瓶の中?」

 そう言われてじっと瓶の中を見つめる。しかし、ジズの目には瓶の中で動かなくなったツェクーペしか見えなかった。どれどれとヴェーチェルも覗きにくるが、期待したような反応はない。

 「からかってないよね?」

 「そんなことするかよ。黄色い翅虫の魂、見えてねぇんだな」

 「……いや、全く」

 「僕も何も見えないよ」

 ヴェーチェルも残念そうに呟く。それが普通だよ、とレウムは言う。

 「魂が見える人間は貴重だ。だからこそ、君には神職者としての道が用意されたのだろう。私がこの階層に残されたように……」

 最後の方はほとんど呟くような声でどこか寂しそうだった。  

 「……その話はいいんだ。話題を戻そう、夜光草は地下に根づくことのできたマヤリスという吊り鐘型の花を咲かせる植物とヴィリーツの魂をかけあわせたものだ」

 体内に発光器官を持つ翅虫ヴィリーツ。その光を拡散させるためガラスのように透明な花弁を持つマヤリスにかけあわせる。知識と能力を有したレウムにしか作ることのできない特別な植物、それが夜光草。

 「さっきも言ったかもしれないけど、夜光草は有毒ガスを吸って生育する。それは元になったマヤリスに空気をきれいにする性質もあったからだ。それを他の魔導師たちがまだ生きていた頃に浄化魔法で強化して、生育に必要不可欠なものとした」

 こうして完成した夜光草を階層中に植えて数百年、ようやくここまで浄化されたのだと言う。有毒ガスは夜光草にとっては肥料のようなもの、それがなくなれば生育が悪くなるのは自明の理であった。

 「なるほど。こちらの夜光草が生育悪くなることはいい傾向ってことなのはわかった。でも、このままだと生活に必要な灯りがなくなって、生活が立ち行かなくなる。何かいい方法は……」

 一瞬にして場に沈黙が流れた。

 「こうなることは開祖の一人であるあの人は絶対に知ってるはずだ。なのに、どうして君たちにわざわざ灯明の調査なんか頼んだんだろうね」

 そう、レウムの言う通り、族長はコバルティアが開拓された時から秘術で生き続けている人物である。彼の記憶の一つ一つが歴史であり記録とも言える。その彼が全てを話さずただ探してこい、と言ったのだ。

 「まさか、族長が僕らに灯明のサンプルを持ち帰れって命じたのは実は口実で、本当の目的は君と僕らを引き合わせるため?」

 「そうだろうね。灯明が危険なものだってわかってるあの人がわざわざ君たちを寄越すんだから。見たところ、君たちは歳の割にはかなり賢そうだ。もしかしたら、私の話を聞かせて新たな灯明を作らせるためかもしれない」

 レウムは話を区切ると、三人の空になっていたグラスにお茶を注いだ。フワリと温かく優しい香りが辺りに満ち、思わずホッと吐息が漏れる。

 「新たな灯明か……」

 


 

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