第11話

 その言葉を聞いたとき三人は驚き目を見開いた。つまり、この場所にはまだ浄化しきれていない有毒ガスが残留しており、それを栄養として夜光草が生き生きと成長しているということか。こんなに空気が澄んでいるというのに……。

 「私の住処はこっちだ。おいていくぞ」

 「まって。君はなんだって有毒ガスが残留しているところに……」

 「それも含めて住処で話す」

 歩き出したレウムはこちらも振り返らずさっさと進んでいく。ジズが呼びかけても短い返事を返してきただけで歩調すら緩めない。仕方なく彼の後に続いて旧階層内部に足を踏み入れ、夜光草に照らされた道を進んでいく。

 旧階層内部に人の気配は感じられなかった。静かな空間には四人の靴音だけが響き渡り、なにものも応じることはない。寂しく、物悲しい雰囲気が階層全体を支配していた。途中、夜光草に紛れて粉々に砕けたガラスの入れ物がゴロゴロと転がっていた。見ればそれはコバルティアでも使われている夜光草を入れる器であったが、三人が見たことのあるそれとは少し様相が違っている。破片にはドロドロにとけた何かがへばりついていたり、見たことのない金属の金具がついていたり……。

 「なんだろう……、持って帰って調べてもいいかな」

 「構わないよ、ここではただのゴミだから」

 三人のなかで一番研究熱心なヴェーチェルがそれらを手に取るが、レウムは特に関心も寄せずに淡々と言う。ヴェーチェルは礼を言うと、ハンカチを取り出してそれを大切に包んで鞄の中に入れた。

 「ついた。さあ、おはいり」

 目の前には古びた建物がある。石をきれいに削り出し、ちょうど地上にある煉瓦に似たものを積み重ねてできたもの。コバルティアの住宅とほとんど同じ造りだ。 中はとても広く来客も想定して造られているようだった。居間、寝室、蒸し風呂、洗面スペース、備えつけの道具たちは全て複数個用意されていた。

 「お茶いれるからそこに座ってて」

 レウムに示されたのは石造りの机。そこにはやはりいくつかの椅子が用意されていた。

 「ここにはお前しかいねぇのか?」

 「そうだね、今は私だけだ」

 彼は棚から取り出した赤い魔法石をカチンと打ち付けてブツブツと唱える。石は徐々に熱を持っていき湯を沸かしたり暖を取れる。コバルティアの代表的な熱源だ。金属の入れ物に水をいれて石に当てるとゆっくりと水が温められていく。水面がぼこぼこと動き、ほんのり湯気が出てきた辺りで水を他の容器に移してそこに茶葉を投下。網を通してグラスに注げばお茶の完成だ。

 三人の目の前に出されたそれは覚えのある香りで、口にするとすぐに薬草茶であることがわかった。ようやくここがかつてコバルティアと呼ばれた旧階層であると実感がわく。

 「他にも人がいたのか?」

 「昔はいろんな人がいたよ。でもね、皆次々に命を断っていった。一向に消えない火とガスに疲れきり、楽になりたいと願ってしまったんだ」

 だから今は私だけ、とレウムはどこか寂しそうに口にした。

 「……事情、聞いてもいいかな?」

 「もちろん。だって、そのために来たんでしょ?……えっと、どこから話そうかな。君たちはきっと、火事の理由もきちんと知らないし、どういう経緯で今のコバルティアになったかも聞いてないんだよね?」

 「正史に書かれていることなら知ってるけど」

 「……君の言う正史がどんなものかわからないな。まあ、お茶でも飲みながらのんびり話すとしよう」

 

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