第8話
ただ当てずっぽうで調べてもまず見つかるまい。だが、明確な手がかりがない以上、こうするしか他にあるまい。ジズは南壁と西壁の境目から西壁と北壁の境目に向かって糸を張り巡らせ、跳び上がり下っては駆けていく。ここでかけられる時間は他の壁の探索も考慮し最大でも5分。たったそれだけの時間で広大な壁を一人で探索できるわけがない。誰よりもそれを理解しているジズは、走りつつ自身の手に力を練り上げていく。
「……蜘蛛 《スピン》」
小声で発せられた言葉と共に現れたのは親指の先程の小さな無数の蜘蛛。青白く発光するそれはジズの力が具現化した形であった。蜘蛛と自身の視界が共有できるため、探索時に重宝している魔法だ。
蜘蛛が各方面に散らばるのを確認しながら西壁を一通り駆け抜けてみる。鍵に反応はない、どうやら西にはないようだ。そう結論付けると、ジズはその場で静かに目を閉じた。伏せたまぶたの裏に広がるは蜘蛛の見る世界。暗闇でも利く多くの目が壁をつぶさに調べていく。
強制的に道を封鎖したのであれば、不自然な亀裂や凹凸が存在するはずだ。壁面の亀裂など大量にあるだろうが、壁面の端から端まで調べるよりは効率がいいだろう。ジズはまず北壁の亀裂に向かう。が、その瞬間、絡繰りの射程範囲に踏み込んでしまった彼に向かってレーザーが飛んだ。わずらわしい、と舌打ちしながら張り巡らせた糸上部に跳び上がり攻撃をかわしていくが、絡繰りはジズをロックオンしレーザーを撃ってくる。
「しつこい!」
反撃に転じようとしたその時、突然ガチャン!と大きな音が廻廊に反響しレーザによる攻撃が中断される。
《損傷50%、自己修復を開始します。再起動まで5ふ…》
警告の電子音が最後まで流れ終わる前に、文字通り崩れ落ちた絡繰りが蹴飛ばされ遠くに吹っ飛ぶ。
「遅いよ、ヴェーツ!」
「ごめんごめん、完全に死角つかれちゃった」
絡繰りを蹴飛ばしたヴェーチェルは苦笑しつつ、何か言いたそうなジズの言葉を封殺するように、入口、見つかった?と首をかしげる。ジズは首を左右に振った。
「西壁にはない。予想では東か北の壁にはあると思うんだけど」
「だってさ、レオ!そっち側に怪しいとこない!?」
「確認するから待ってろ」
ちょうど東壁と南壁の境目の辺りで絡繰りを停止させたエレオスに大声で問いかける。すぐに返事が返ってきたので、向こうは彼に任せることにする。ヴェーチェルは絡繰り対策のため待機、ジズは北の壁へと向かうことにした。
廻廊の絡繰りは今偶然その全てが停止していた。絡繰りの損傷によって異なる再起動待機の時間が偶然にも重なったのである。だが、長くは持たないだろう、しばらく経てばまた起動してしまう。その前に入口の手がかりだけでも見つけたい。
「レオ!蜘蛛を置いといたからその辺りを重点的によろしく!」
「了解。…既に二ヶ所は確認したが、ただの亀裂で鍵の反応もねぇな」
「わかった、引き続きお願い」
「二人とも少し急ぎめで頼むよ、そろそろ絡繰りが動き出しそうだ」
「ほんと、ポンコツのくせに厄介だな。……わかった、東壁の調査が終わったら行く。それまで何とかしろ」
「もちろん。なるべく早めにフォローお願いね」
……とは言え、壁は広大である。そうすぐに調査が完了するはずもない。エレオスの方は完全に空振りだったようで、起動しそうな絡繰り対策のために廻廊へ戻っていく。ジズの方にも今のところ反応はない。北壁もほとんど歩ききってあとはもうエレオスが調べていた東壁の方角しか残されていなかった。どうしたものかと渋面をこしらえたその時、ジズの手元の鍵が一瞬ぼんやりと本当に微かに光った。
《「鍵」…確…ン、認しょ…ヲ、開始…》
「反応あり!今認証開始した!」
「ナイスジズ!!待ってて、すぐ行く」
言うや否やヴェーチェルはエレオスの手を引いて猫の影に身を沈めて床を蹴った。ピョンピョンと軽快な足取りで飛ぶ猫の影に今しがた再起動した一台がレーザーを撃ち込んでくる。その攻撃が当たる寸前、突然猫の影の背から影でできた機械仕掛けの翼が現れその風圧で攻撃をかき消した。風は吹き荒れ、攻撃をかき消すのみならず絡繰りをも吹き飛ばして停止させる。
「あは!レオ、ナイスフォロー!」
「お前、今わざと避けなかっただろ…」
「避けなくてもレオが相殺してくれるって信じてたし」
「あのな!お前の影の中から翼伸ばすのは難しいって何度言ったらわかるんだ!!」
ジズの近くまで上がってきた猫の影から飛び出し言い合いを始める二人。いつものことである。
《認……証、完了…。開…マス…》
そんなやり取りも空間にあの声が響いた瞬間に終了する。見れば、目の前の壁が突然引戸のように横に移動し始めたではないか。
「この先がコバルティア旧階層?」
「真っ暗で何も見えねぇな」
とりあえず先駆け飛ばしておくか、とエレオスが自身の分身である光るカラスを放つ。三人はそれに続いて暗闇へと歩みを進める。すると、三人が進むのを待っていたかのように重々しい音がして入口の壁が再び動き出し退路を塞がれた。
「これは、後戻りできないってことだね」
「ま、旧階層につけば何か手がかりもあるだろう」
「でも、コバルティア旧階層はまだ火が鎮火してないかもしれないって話だよね?大丈夫かな……」
不安はつきないが、今の状態では戻ることもできまい。三人は意を決し先の見えぬ暗闇に向かって歩き出したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます