第7話

 第二廻廊の絡繰り人形はコバルティアの開祖が地上からの侵入者対策に配置したとされる。天井にある大きな鉱石に仕込まれた魔法で発せられる電波で動き、半永久的に稼働し続ける兵器だ。その上、絡繰りには魔法を通さない強固な金属が使われており刃物も通しにくい。一体どんな技術を駆使して作ったか不明だが、それゆえに機能停止に追い込むことや機械そのものを破壊することは極めて困難であった。

 いかに手練れのヴェーチェルとエレオス、ジズであっても、またいかなるコバルティアの手練れであろうともそれは同様だ。だからやり過ごすしか手はないのだ。

 こういう時、比較的戦闘能力の高いヴェーチェルとエレオスは陽動、所謂囮として動く。そうして二人が絡繰りを引き付けているうちに即座に行動に移ったのはジズだ。戦闘能力が二人ほど高くないジズだが、同時にヴェーチェルに匹敵する高い索敵能力、エレオスとも渡り合える機動を併せ持っている。ヴェーチェルから直接指示があったわけではないが、今回の探索の鍵となる未知の通路を見つけ出すのは自分の役割だと心得ていた。

 さて、第二廻廊の出口は二ヶ所、第一廻廊へと続く道とコバルティアへ戻る道だ。ここに新たな通路がないか、ジズは指先に力を集中させながら注意深く辺りを探る。数え切れないぐらい通ってきた道だからこそ、より慎重に…。

 ――いつもの視点じゃまず見つからない。少し上から見てみよう。

 すると、ジズの指先に青白い光が現れ細い糸のような形状となって垂れ下がる。彼の能力 《蜘蛛ノ糸》だ。時には罠として、時には相手の動きを止める武器として、また時には傷の縫合にも使える万能な魔法の糸。それを通路や壁に蜘蛛の巣さながらに張り巡らせると、彼は軽快な足取りで中空へ跳び上がった。

 「…っと、まずはこの辺りで」

 ジズは一息で家の屋根ほどの高さに張った糸まで到達すると、まずはぐるりと廻廊の全容を見渡した。背後はコバルティアに続く道、その正反対には第一廻廊へ続く出入口、二つを結ぶ廻廊は複雑怪奇に入り組んでいる。この中から手がかりを探さねばならない。

 考えていることはいくつかあった。コバルティアの第一から第三階層は閉ざされた旧階層と同時期に開拓されているという。廻廊の位置も当時と変わっていないとするなら、旧階層は存外近くにあるのではないかという仮説だ。そして、今のコバルティアのように廻廊を抜けると、第七階層につながるという造りと同じならば、この第二廻廊に未知の通路がある可能性限りなく高い。

 だが、問題はその位置だ。

 ――南壁はコバルティアの入口が近いし、ちょっと考えにくいかな。…とすると。

 糸を伸ばし巣を形成しながらまずは西壁に向かう。そこから反時計回りに壁面を調べていく作戦だ。

 下では二人が絡繰りを引き付けてくれている。見落とすことなくなるべくに迅速に遂行しなければならない。

 「目印はないけど、これを使えば…」

 取り出したのはコバルティアの出入口を塞ぐ扉の鍵だ。昔から鍵の作りが変化していなければ、おそらく旧階層の扉もこの鍵で開くはず。鍵に込められた開錠術式が起動すれば《認証完了》というあの音声が流れる。ジズは鍵を首から下げ、張り巡らせた糸を足場に西壁の辺りを注意深く調べ始めた。

 その時だ、絡繰りの翼がジズの視界を掠め同時に吹き荒れた強風が彼の顔を荒っぽく撫でる。

 「よぉ、見つかったか?」

 声の主はもうわかっている。

 「そう簡単には見つからないよ、レオ」

 「…ったくよ、ご先祖様も埋めるなら埋めた場所の記録ぐらい残せってんだよな」

 忌々しそうに爪を噛むのはエレオス。彼の言うことは最もだ。

 「どれぐらいかかる?」

 「20分はほしいね」

 「チッ、無理言いやがるな」

 「できるでしょ」

 「…クソ、しょうがねぇなぁっ!!」

 言うや否や、彼はすぐに糸を蹴る。向かうは未だに動く絡繰りだ。ジズはそれを見送ると彼とは反対に糸を蹴り、西壁に沿って駆け出した。

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