第6話
時は戻り…。
お互いの顔が視認できるぐらいの淡い光を頼りに三人は廻廊を進んでいく。灯り役はエレオス、魔法で使役できる小さな烏が淡く発光するのでそれを使っているのである。常時は《夜光草》をカンテラに入れて灯りとするが、今はそれさえも惜しい。
「御伽話だと、この廻廊は《天ノ廻廊》って呼ぶらしいね」
先頭を歩くヴェーチェルが突然そんなことを言い出す。暗い場所でも目がきく彼は少しの灯りでも行動が可能だ。立ち止まり余裕の表情で腰の大型ダガーナイフを二本抜き放つ彼の背にエレオスが笑いかける。
「はっ!なんの冗談だ?なんだってこんな危険な場所が…」
「だって、昇天って言うじゃないか。安らかには死ねない僕らにはある意味御褒美かもよ?」
不敵に、どこか諦めたように笑いながらサラリと言ってのけるヴェーチェル。そのように考えてしまうのも無理はない。詳しくは後々語ることとするが、ここ《コバルティア》に住まう人間たちは二十まで生きることさえも困難なほど短命なのだ。
すると…。
「………死ぬなんて、ダメに決まってるだろ」
金の双眸をつりあげ声を低くして口にしたのはジズだ。語気を荒げることはほとんどない彼だが、殊人の生き死にに関わることになると度々このように強く反発する。医者としての矜持と幼馴染みを案ずる心が彼を動かしているが故の反応である。もちろん、歳上の二人はそれをよく知っているので、お互いに顔を見合わせてからジズを見て吹き出した。
「…はあ?なに当たり前のこと言ってやがんだ。御褒美なもんか、俺たちの中で死んで喜ぶ奴がいるとでも思ってんのか」
「あはは、もちろん、ただ死んでやるつもりはないよ。例えの話さ」
笑い飛ばすように発せられた言葉、ジズは何事か反論しようとしたが、おもむろに差し出されたヴェーチェルの手によって封殺される。いつも優しく垂れる彼の目はいつの間にか鋭さを増していた。戦闘体勢に意識を切り替わったときに見られる特徴だ。
「そろそろおしゃべりはおしまい。第二廻廊の絡繰り人形たちは厄介だ。油断したらあっという間に切り刻まれる。気を引き締めるよ」
さっきの通りだ、僕が先駆ける。レオとジズはサポートを頼んだ。
ダガーナイフの感触を確認しながら、ヴェーチェルは一歩前に出る。ふと風もないのにザワリと彼の髪が揺れた瞬間、彼に付き従う影がゆっくりと立ち上がる。そうして現れた人ほどの大きさがある猫の形をした影に彼はゆっくり身を沈める。
《猫ノ散歩》。猫の形をした影を操り、他者を攻撃したり、自身の身を影に沈めて身を隠すことが可能で、戦況を引っ掻き回すことに長けた能力。彼はこの能力を活かし、隠密や撹乱、先駆けや暗殺を行う訓練を受けていた。そのため、廻廊に打って出るのは決まって彼の役割であった。
第二廻廊の入口はすぐそこ、白い光が差し込む先にキリキリと何かが動く音がする。その瞬間、猫の影が地を蹴り廻廊へ躍り出ていく。煉瓦の敷き詰められた道にいたのは彼らとさほど変わらない大きさの様々な絡繰りたち。猫が絡繰りの間合いに踏み込んだ瞬間、それまで身を沈めていたヴェーチェルが影から飛び出し絡繰りの頭を蹴飛ばした。ガシャンと派手な金属音を立てて吹っ飛んだ絡繰りはそこで初めてヴェーチェルを視認、体勢を立て直すと円盤状の刃を回転させながら迫る。ヴェーチェルは再び影に身を沈め凶刃の退くと、すぐに絡繰りの背後に飛び出して緊急停止用とされているボタンに触れた。
《停止します。再起動まで3分》
息つく間もなく次の絡繰りが襲いかかってくる。その時、
「ヴェーツ!沈め!」
中空より声がする。それが誰のものかとうに知っているヴェーチェルがすぐさま猫の影に入ると、息つく間もなく弾丸の雨が降り注ぐ。
《損傷70%、自己修復のため停止します。再起動まで10分》
「助かった、レオ!」
彼が見上げた先には背中から生じた絡繰りのような翼を使って中空に留まるレオの姿があった。
《絡繰リノ翼》。無数の武器で構成された絡繰り仕掛けの翼を操る能力だ。攻撃はもちろん様々な機械や絡繰りに干渉して思うままに操ることが可能で、集団戦に特化した訓練を受けていたのがこのエレオスなのであった。
「今ジズが旧階層への抜け道がないか探してる!俺たちで奴らを引き付けるぞ!」
「…上等、やってやろうじゃない」
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