十四 黎明の悔恨

 少女がモリの山の頂から見えなくなった後、三森みつもりは又兵衛の方を振り向き、その顔色を伺った。

 ふきの言葉に、又兵衛は打ちひしがれていた。


「お蕗は、『会えてよかった』と言ったか?」


 又兵衛は力の入らない足に負け、崩れ落ちた。思わず地面についた手の、その爪が強く土を掻く。


「……おれは、ただ覚えていただけだというのに。生きているうち何もしてやれず、ただ独りよがりにおもんぱかって、結果一人きりで置いてきてしまったのに。それでもあの子は」


 不甲斐ない父親に未だ救われているのだという。

 どんな場所であれ、もっと一緒にいてやればよかった。最早それすら叶わない。どれだけ不出来な父親であろうと、あの子の親は又兵衛しかいなかったのだ。そう気づくにはあまりにも遅すぎた。

 又兵衛の脳裏には、会わなければよかったという思いさえ掠める。それでも、蕗と言葉を交わし、独善的な所業に気づいたこの瞬間から、又兵衛に与えられた罰は始まったのだった。

 今できる贖罪は、彼女の言伝を守ることだけである。


「忘れるものか。忘れる、ものか」


 嗚咽が漏れる。しかしいくら張り裂けそうな胸の痛みに悶えても、涙は一滴として流れなかった。土塊つちくれを握りしめるだけでは到底足りない、放出できない心情は、乾いた土に吸い込まれることも阻まれていた。


 うずくまる又兵衛の姿を見て、随分と死者らしくなったと三森は思った。ここへ連れてきた日は、他の死霊と比べても惚けるのが早い部類だった。同時に、死の受容に頭を使っていないらしく、非常に危うい存在であるというのが三森の所感である。一大事に巻き込まれはしたが、それが結果として死の重みの理解に繋がったようで、内心胸をなでおろしている。

 死霊には涙は流せない。飲み食いの必要がないためである。それでも泣くという手段に頼らなければ、多くの死者は立ち直ることができない。この男は、いつ立ち直ることができるのだろう。



 日が昇る。空が朱に薄く色づく。三森が西を向くと、霧で白にけぶった里へ帰っていく、泥だらけの衣の赤い色が見えた。

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