九 化け物
「
少女は首の地に落ちた音を聞いて堂の外に飛び出した。ぴたりと動かない男たちをよそに、首を拾い上げて土埃を払う。幸い、傷も凹みもできていない。もう二度と手放すまいと固く腕で包んだ。
「ああ、よかった」
「……それは何だ。お
提灯を持った侍が、目の前に座り込む少女にじわりと詰め寄る。両者ともひどく怯えた表情をしていた。
「ちがう。お願い見逃して」
少女は地に頭を擦り付けるように懇願した。しかし、侍たちはその振る舞いにすら情を寄せる余裕はなかった。
「そんなことできるか!」
「なあ、こりゃ怨霊でねえが。切った方がいい」
「ああ、そうだな」
一人の侍が抜刀した。提灯の明かりに照らされて、向けられた刀の
それでも男たちの顔を盗み見て、はっと腕の中の父の首を抱き直した。震えのやまぬまま、それでもできる限り静かな声で彼らに話しかけた。
「信じてください。私はただの人で、お化けじゃない。私の家はし……大山に、ちゃんとあります。この首は私の父ちゃんのもので……いろいろあって死んでしまって、とにかく首しかお墓に入れられないの。それで埋めようと思ってお寺に行こうとしたら日が暮れてきて、家にも帰れないからここにしか来れなくて……お願いします、このことは誰にも言わないで。すぐに山を下りてください」
少女が再び頭を下げると、困惑したように二人の男は顔を見合わせ、刀を下ろした。
「迷子というわけか? そうは言うが、何で首だけなんだ」
提灯を持った男が声の調子を落として尋ねる。未だ
「それは……」
次に声を詰まらせたのは少女の方である。いまにも泣きそうな顔で父の首を見下ろす。
「お
いきなり、少女の腕の中から掠れた声がした。
侍たちは再び俄かに色めき立つ。
「今の声は何だ!」
「父ちゃん……?」
蕗と呼ばれた少女は、懐かしいその声色に呆然とした。持っていた首を自分の顔の高さと同じところまで持ち上げると、薄命の光も相まって青い顔をした父の口が、確かに言葉を紡いで動いているのが見えた。
父は濁った瞳をわずかに細める。
「気づかねがったが、大きくなって」
「ほんとうに、父ちゃんが喋ってるの」
「ああ」
又兵衛はそう言って、頷く代わりに笑ってみせた。
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