八 邂逅、闇中にて

 二人の男は森の中の細い道──盆の供養があるからなのか、森には参道が幾筋か巡らされている──を、横柄な態度をして山頂まで歩いて行った。又兵衛は半ば吸い寄せられるようにして一行について行き、二人の会話を耳に入れた。


 どうやら似たような背格好をした彼らは年若い下級藩士たちらしい。酒の席で思い立った肝試しを実行に移し、初めは東にある金峰山きんぼうさんへ、そして夜が明ける前にこのモリの山も踏破しようという目論見だった。

 二人は怖がる素振りもなくずかずかと押し進み、何も出ないじゃないかと言ってはたいそう可笑しそうに笑う。その度に酒の匂いが漂ってくるので、又兵衛の中で生への未練や執着は登るごとに募っていった。

 先程の堂から山頂までは、ほんの少しの距離しかない。三森山は小さいのだ。侍たちは程なくして中央の森で一番大きな堂にたどり着いた。


だ、だぞ。さて、此処こごさは何かなんでら出でくるかな」


 そう言いながら二人は戸を乱暴に開けた。


「きゃっ!」


「うわっ」


「なんだ!?」


 唐突に又兵衛の耳に入ったのは、侍二人のどちらのものでもない、もう一つの声だった。堂の中を覗いた青年たちは驚いたように仰け反ったが、又兵衛にはそれが影になって何が起こっているのかわからない。

 好奇心をそそられて又兵衛がわずかに近寄る間も、青年たちの声が聞こえる。


誰だお前だんだおめ……女子おなんこないかねが!」


「こんな山の中に、どうしてなして


「化けて出たのか!?」


「違う! 違うんです! お許しを……」


 侍たちの二歩後ろまで来てやっと、提灯の光を借りて又兵衛にも堂の中が見えた。


 震える声で言ったのは、質素な赤い衣に身を包んだ少女だった。まだ幼いと言ってもいい年頃。彼女の放つ輝きは侍たちよりもいっそう強く、目の眩む思いがした。まぎれもない生者だと又兵衛は直感した。

 少女は急に戸を開けた男たちに怯えきった様子で、堂の床板の上でへたり込んでいた。侍たちもまた、平静を装いつつも、動揺のあとに去来した恐怖で口元をひくつかせている。


「お、何を持ってる」


 侍の一方が、少女が大事そうに抱えている小ぶりな麻布の包みに目を留めた。


「こ、これは何でもない、です」


 少女は胸元にそれを引き寄せ、目線を泳がせながら答えた。

 その態度に侍たちは一転、玩具を発見したとでもいうような気味の悪い笑みを浮かべて詰め寄った。刀の柄にぴたりと添えられた手が厭らしさを物語る。


「怪しいな。中身をあらためさせろ」


「だめ! おねがい勘弁して」


「ならん!」


「だめったら!」


 三人は揉み合いになった。座り込んだ子供と男二人では勝負も目に見えている。少女は必死になって荷物を抱えたが、半身を堂の中に突っ込んだ侍の腕力であっけなくもぎ取られてしまった。


「全く、ひでえ餓鬼だ」


 侍の一人が包みを片腕に抱えて言い捨てる。少女は果敢にも身を乗り出し、細い腕を伸ばして包みを取り返そうとする。


「返してください! 開けちゃだめ!」


 切実な叫びをよそに、包みを持っていた侍はにやつきながら同輩に投げて渡す。

 少女の痛ましいほど振り絞った声を聞いても、又兵衛はどうすることもできずに立ち竦んでいた。

 今や包みを持った侍はすぐ目の前にいるが、又兵衛のことは眼でも意識の上でも見えていないようだ。


「んで、それ何だ?」


「開けるか」


 堂から背を向けて、提灯が包みのそばに寄せられる。少女は観念したようにうずくまって、堂の中で身を縮めていた。

 麻の包みの結び目が解かれた。出て来た細い糸の集まりを、怪訝そうに男たちが眺める。包みを外しきった瞬間、二人の顔色が変わった。


「何でこんものを!」


「ひっ……!」


 ゴトン、と鈍い音がした。

 侍が思わず取り落とした生首は、土の上で仰向けになった。又兵衛が下を向けば、足元に転がるそれとおのずと目が合う。自分の首だった。

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