第21話 蘇った赤獅子
「こちらを…」
荘大使が書簡を順一に差し出した。
順一が書簡を読み終えると荘大使に視線を向けた。
「哨大統領にお伝えください。『喜んで台湾に伺います』と」
現職総理を乗せた日本政府専用機が初めて台湾の空港に着陸した。
「ようこそ台湾へ」
台北松山空港に到着した順一を満面の笑みで出迎えた。日本と台湾のトップが会う歴史的瞬間だった。
「それでは早速、台北賓館に向かいましょう」
哨大統領は少し急いでいるようだった。簡単な挨拶を交わしただけの順一を早く会談先に向かわせたいようだった。
最初の首脳会談が終わり、昼食後の休憩をしてる部屋に哨大統領の側近が部屋に尋ねてきた。
「お休みされているところ大変申し訳ございませんが、大統領より急ぎの追加会談の申し込みを伝えに参りました。20分ほどお時間を頂きたいと…」
順一は承諾して秘書ら五名と共に大統領側近に付いて部屋を出た。
迎賓館の奥に進んでいくと、恐ろしいほど人の気配が感じられない空間になっていった。
「これよりは、菊地総理だけでお願いします。側近の方々はこの部屋で、待機をお願いします」
順一以外は豪華な調度品に囲まれた応接室らしい部屋に足止めされた。順一だけが何気なく部屋の奥に付いている扉に案内された。あきらかに国賓クラスの客が出入りするような扉ではなかった。
部屋を出た順一は飾りのない普通の通路を側近の後に続いた。途中で重厚な扉二枚を通り抜けた。白っぽいクロスが張られているだけで、窓は無く飾りが何一つない質素な部屋に辿り着いた。畳を敷けば二十畳ほどのスペース中央には、迎賓館とは思えない二メートル角ほどでガラス張りのシンプルなテーブルとそのテーブルを囲むように木製の椅子三脚が置かれていた。案内してきた人物は順一に椅子を引き出すと部屋を出て行った。順一は一人となった室内で哨大統領を待った。
「大変お待たせ致しました」
壁と一体となっていた扉から哨大統領が一人で現れた。
「私も今来たばかりです…」
「このような部屋にお呼びして大変申し訳ございません。この部屋は設計図に無い隠し部屋の一つでして、重要人物と第三者を入れず『さしで話し』をする際に使用する部屋なんです。『仕掛けが無い』ことを分かっていただくために出来るだけシンプルな造りにしています」
哨大統領は頭を下げながら順一の向かい側ではなく右側に座った。
「ところで、どういった会談でしょうか。あと…どなたか来るんでしょうか」
順一は向側の席を見つめた。
「通訳や側近では入りません。余計な人物達を入れること無しにこれから入ってくる『近しい友人』と腹を割って話しをしましょう。では、時間も無いので早速…」
哨大統領が扉の方に視線を向けた。扉はタイミングを合わせたかのように開いた。扉の向こう側から一人の男性が入ってきた。その男性は笑みを浮かべながらテーブルに向かってきた。順一の口は半開きになったまま声が出なくなっていた。
「初めまして。中国次期大統領の李です」
そう言いながら手を差し出した。順一は言葉を発することが出来ないまま反射的に手を差し出した。
「座りましょう」
順一は李を見つめたまま腰を降ろした。
順一が訪問する一週間前、アメリカ副大統領を乗せたエアフォース・ワンが台湾を訪れていた。エアホース・ワンには、イワノフ、李、全栄進の三人も乗っていた。
イワノフは台湾からロシアに向った。李と全栄進はアメリカ副大統領の車列共に台北賓館に向かった。台北賓館の裏に到着したのは李だけだった。この日から全栄進は消息不明となった。
「驚かせてすみません。多くの報道カメラの前に三人で立つことが出来ないもので」
哨大統領が微笑みながら詫びた。頭を起こすと李に視線を向けた。
「先ずは、今回の侵攻侵略をおこなった件について日本国民の皆様にお詫びを申し上げます」
李が眉間にしわを寄せた表情で順一に言葉を掛けて頭を下げた。
「頭を上げてください。過ぎたことです。過去に日本も貴国に対し非人道的な行為を働きました。過去は変えられません。過去に囚われていては何も出来ない。お互い未来に向かっては何も進みましょう」
半分儀礼的に順一は返した。その言葉で李の口角が上がり首が大きく上下した。
「時間が限られています。急ぎ要件の話しをします」
順一の返事を待たずに李が話しを進めた。
「突然ですが、菊地総理にお尋ねします。人種差別経験…馬鹿な白人達から『有色人種に対する差別』を受けたことがあるかないか」
「まあ…確かに何度かヨーロッパやアメリカを旅したことはありますから…」
「欧米での人種差別は日常的に起こっています。表面的に見えなくなった時期がありましたが、ご存じのように差別主義者のジェームスがアメリカ大統領になったあたりから目に見えて酷くなってきました。私がアメリカに留学した頃も酷かった。あの時に受けた差別で決意したのです。中国を世界の最重要国に押し上げ、我が物顔で世界を牛耳る白人達を必ず跪かせると…」
李の熱弁は順一の心にも響いた。中国十四億人の頂点に君臨していた人物は順一を圧倒した。
「明日、私は中国に戻ります。そして、私は大統領に就任します。登大統領が全ての準備を整えてくれました」
民主主義国家として生まれ変わった中国は、大統領制に変わっていた。イギリスは中国を共産党支配体制下から脱却させ民主化を推し進める役として、初代大統領に台湾出身の
李大統領が誕生する流れは、明日、登大統領が辞任を表明する。表明と共に李が北京に降り立つ。登は後任に李を指名して選挙を行う。この流れが出来上がっているようだった。中国国内には今も李を信奉する者が多数存在するので、不正がなくても間違いなく当選するようだった。
「『偉大な国家、中国』の再興を願う多数の国民により李は、中国第二代大統領に選ばれるのです…」
哨大統領は満面の笑みで李を見つめた。続けて順一に「李、登、哨の三人が留学先のアメリカで知り合っていた」ことを明かした。
「二ヶ月後、私は中国大統領としてあなたと話しをすることになるでしょう」
李の表情と雰囲気には自信に満ち溢れていた。
「それは…大変おめでとうございます…」
順一の目には、真っ黒な積乱雲が澄んだ日本の空に瞬く間に広がっていくのが見えた。李が続けた話しはその積乱雲を更に大きくするものだった。
「私が大統領となって最初にとりかかる仕事は、独立した少数民族国家を連邦国化し、同時に隣国を吸収することです」
李を最高指導者とする共産党支配体制が倒れた後の中国は七つに分割された。漢族を中心にした新しい中国。北京や上海が含まれる。その北部に位置する満洲国。朝鮮族とモンゴル族はそれぞれ大韓民国とモンゴルに併合された。ウイグル族はウイグル国として独立。チベット族はチベットを逆に吸収して新しいチベット国として誕生した。南部に存在していた多数の少数民族は一千万人以上いるチワン族を中心としたチワン国を樹立した。
「『連邦化…隣国を吸収する…』どういうことですか」
順一の口調が強くなった。
「『隣国』と言っても日本国ではないですよ。安心して下さい。大韓民国です。属国ではありません。我々が吸収し、中国の一部、省として組み入れ」
順一は言葉を失った。李は構わず話しを続けた。
「面倒な隣国でしたからね。何かと難癖をつけてきましたから」
李氏の表情は平然としたままだった。
ラ大統領が去った後の大韓民国は一段と自己主張が酷くなっていた。
「『民族性』一言でいえばそうなのでしょうが、それにしても厄介です。中国に組み入れ、私が統治します。大陸から突き出た半島です。元々から中国のようなところです。今と何ら変わらないでしょう」
李は薄笑いを浮かべた。
「私が大統領に就任したら一ヶ月以内に侵攻します。必ず。でも安心してください総理。中国はそこから先、東に向かうことはありません。そこまでです。約束します。そのことをお伝えするのがお会いした一番の理由です。日本国の皆さんがご心配や勘違いをしないように」
「そうであれば安心…いや、日本が復活出来たのは大韓民国のお蔭、恩がある大韓民国が消滅するのは…」
順一の表情は安心と困惑が入り交じっていた。
「しかし、私がここで約束したからと言って、日本の軍隊が動かないのはかなりの不自然です。全く動かなければ『日本も裏で同調しているのでは…』と世界から見られます。総理は、日本軍の最高の防御態勢を取って下さい」
順一は複雑な心境を押し込めたまま日本に戻った。その三日後、『自衛隊』から『日本国防軍』に組織が改められた。
順一が台湾から帰国した三週間後から世界情勢が大きく動き始めた。祖国を追われた独裁者三人を匿ったアメリカ合衆国大統領ジェームスは、フロリダの別荘で家族共々爆死した。イスラム系のテロリストグループが犯行声明を出したが、裏でイワノフが手引き可能性があると報告された。そのイワノフは、李大統領が就任した二週間後にモスクワ市内で捕らえられ悪名高いポクロク第二刑務所に収容された。ここは、ジーナ父親が獄中死した刑務所だった。収容された一週間後にイワノフは獄中死した。
李大統領が就任して一か月が過ぎた。李大統領は連邦国化に向けた話し合いを急ピッチで進めた。それと同時に、大韓民国侵攻作戦の準備も悟られないようにゆっくりと進められていた。中国陸軍兵士十万名が訓練名目でゆっくりと東に移動していた。
中国陸軍は朝鮮半島に電撃侵攻した。僅か半日で朝鮮半島を掌握し、その日のうちに「今日をもって朝鮮半島は中華人民共和国の領土となる。中華人民共和国は大韓民国を朝鮮省とし統治する」との声明が出された。大韓民国は消滅した。
打ち合わせ通り、日本国防軍は直ぐに動いた。アメリカ軍も動いた。第五艦隊を沖縄の沖合に、第七艦隊を房総半島に沖合に展開した。まるでアメリカが、日本侵攻を企てているような不気味さが漂い始めた。
属国日本 豊崎信彦 @nobuhiko-shibata
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