第20話 恩人からの忠告
順一は、復活作戦に協力してくれた国々に直接お礼を伝える外遊に出発した。
大韓民国は、朝鮮半島統一後の経済混乱が続いていた。そんな経済混乱や社会不安が対日強硬派に勢いをつかせていた。祖国奪還を果たした英雄ラ大統領は、親日姿勢があだとなり窮地に至っていた。冬になる前に反日強硬派の大統領が誕生するのは疑う余地はなかった。
インドは思惑通りに武器輸出で経済を急成長させ、世界有数の経済大国にのし上がろうとしていた。インド国内には、経済格差の「貧富問題」都市と地方の「地域格差問題」など中国が抱えていた同じ状況が生まれていた。
イギリス政府は、順一とエミリーが総理大臣、外務大臣となって再会できたことを大いに喜んでくれた。ウィリアム国王を迎えての晩餐会も催されたほどだった。
晩餐会が終わりホテルの部屋に入ってから僅か数分後、順一の部屋をエミリーと野口が硬い表情で尋ねて来た。
一日のスケジュールが終わりリラックスしていた順一の表情は戸惑いに変わっていた。
二人と挨拶が済みソファーに腰を降ろすと順一の雰囲気にリラックスが少し戻った。エミリーと野口の表情は硬いまま変わらなかった。そのままの表情でエミリーが話し始めた。
「お疲れのところすみません。急ぎお話ししたことがありまして…これから、日本が属国から復活するまでの経緯の話しをします」
「はぁ…」
菊池総理の表情が一瞬呆気にとられ、首を傾けた。
「その流れは、私も十分承知しているつもりですが…」
「勿論、日本や世界で起こった『表面的』なことはご存じでしょうが」
「『表面的なこと』ですか…」
順一の表情は迷宮に迷い込んでしまったようになっていた。
エミリーの視線が一瞬野口に向けられた。野口が頷くとエミリーも頷き話し始めた。
「世界を巻き込んだ壮大なシナリオが日本を救ってくれたのです。それをライターは一人の二重スパイです」
「シナリオ?『日本復活にシナリオがあった』と…」
「ええ『独立国家日本復活』には、シナリオがあったのです。これから話す内容は真実です。裏付けは取ってあります」
エミリーの口調と雰囲気に落ち着きが出てきた。元諜報機関職員だった自信が表れていた。
「シナリオライターはロシア人です。MI6ロシア対策局からロシアに送り込まれた二重スパイです。父親の復讐をするためにシナリオを書き上げたのです」
「たった一人が書いた『父親の復讐劇で世界情勢が一変した』そう言うことですか」
「そうです。ライターの名前はジーナ…」
「女性?ですか…」
エミリーが大きく頷いた
「ジーナの生い立ちを話します…」
ジーナの父親ダヴィードは生粋のロシア人で反政府系新聞の記者だった。母親のイレーナはイギリス系ロシア人。ジーナはロシアで生まれ育ちモスクワ大学に進学するほどの秀才だった。
ジーナがモスクワ大学在学中にイワノフ大統領の二期目がスタートした。ダヴィードはイワノフの腐敗記事を書いて投獄された。投獄後、ダヴィードは死因不明で獄中死した。ロシアの政治犯収容所ではよく聞く話しだった。
父親の獄中死と経済的な理由からジーナはモスクワ大学を中退し、母親とロンドンに移住した。MI6はロンドンに移り住んだロシア人親子に監視を付けた。
ロシア人親子に問題が無いと判断したMI6は、ジーナを職員に誘った。ジーナは
IQが高く、英語とロシア語、フランス語が堪能、それに美貌とモデル並みのプロポーションを備えている。そんなジーナは対外情報庁で最も重要な在アメリカロシア大使館に配属された。そして、フォードルも始動した。
ジーナはMI6から貰った情報を上げて実績を重ねた。実績は情報庁内の地位を上げた。入庁して僅か三年で、イワノフに直接会って報告する対アメリカ政策局のリーダーまでになっていた。
「全ては、ジーナが決意した復讐のためです。復讐と言っても単純に命を奪うのではなく『失脚させ、惨めな死を迎えさる』そのためです」
「ロシアの流れはジーナの思い描いた通りになったのでは…」
「そう、失脚はしましたが…今も間違いなく生きています」
エミリーが野口に視線を向けた。
「それでは、総理に報告致します。これまでの情報を分析しますと、イワノフはアメリカにいるようです。アメリカが匿っているようです。李紅運と全栄進の二人も一緒に匿われているようです。
「三人ともアメリカが匿っているんですか…何で…」
「ジェームス大統領が何か企んでいるのかもしれません。落ちぶれ、世界での影響力がほとんど無くなったアメリカを復興させるために」
「確かに、アメリカが巻き返しを図ろうとするのは考えられる…」
順一の眉間に大きなシワが出来た。
「話しを戻します。よろしいでしょうか」
「ええ…お願いします」
「ジーナがインドを巻き込みイワノフを失脚させるシナリオを書いている最中に、イワノフが中国と北朝鮮を巻き込み『日本侵攻作戦』企てていることを知りました。ジーナひとりで日本侵攻作戦を阻止することは不可能ですから、日本がロシアと中国に侵略された後に救う作戦を書き加えたのです。大好きな日本を何としても救いたかった」
「日本を好きでいてくれているんですね…」
「ジーナは日本を愛してくれているのです。日本のアニメが大好きで、そこからプライベートで何度も日本を訪れてくれたようです」
「ジーナが日本を愛していなかったら、独立国家としての日本復活はなかったかもしれない。そいうことですか…」
「そうかもしれませんねぇ…」
エミリーは苦笑いを浮かべた。
「ジーナが先ずしたことは、日本政府に対して『ロシアと中国による侵攻の可能性』を間接的に伝えました。情報の信用度を高めるために、当時、大韓民国亡命政府だった在アメリカ大韓民国大使館ルートからとインド政府ルートからの二つのチャンネルで長門総理に伝えていました」
「長門総理の手回しが一気に進んだのは、それがキッカケだったのか…その話は聞いていなかったなぁ」
「それに、人工地震作戦と復活したお蔭で北方領土の主権回復や樺太、千島列島の全てを取り戻せました。そこまでジーナのシナリオには無かったようですが」
「人工地震作戦は、長門元総理の執念から生まれたもので、ジーナとは関係ないのでは…」
「いいえ違います。最終的な判断、作戦の組み立ては長門元総理ですが、ジーナが『地震を人工的に起こし、大津波を発生させる』そのヒントを与えたのはジーナです。『ロシアと中国の艦隊を叩くには津波が効果的』と考えたジーナは、東南海地震に関するアメリカ公文書の写しやタイガーフィッシュ、千島海溝などの資料を長門総理に送り、連想させるように仕向けました。当然、送り主は正体不明で」
「そこから思いついたのか…でも、いくら内閣調査室が優秀とはいえ、そこまで詳しい情報をどうやって手に入れたんですか」
エミリーが野口に視線を向けた。野口が頷き話しを始めた。
「ジーナがこのホテルに来てます。『総理にお会いして、そして、忠告したい』と」
「今このホテルに来ている…忠告をしに…」
「呼ばれるのをジーナは待っています。呼んでもよろしいですか」
「分かりました」
エミリー同じブロンドの女性が順一の目前に腰を降ろした。身長はエミリーより少し高い百七十五センチほどで、モデルのようなプロポーションと女優のような美貌を兼ね備えていた。
「とてもスパイには見えませんね…」
順一は感嘆のような声を上げた。
「見ただけでスパイだと思われては仕事になりませんから」
ジーナはエミリーと同じようなレベルの日本語で返してきた。
「日本語が上手で」
「ほとんどアニメで覚えました。日本には何度も行きましたから」
ジーナの口角が大きく上がった。
「ジーナさんが日本を救ってくれた恩人だと教えて貰いました。日本国民を代表してお礼を言います」
順一が深く頭を下げた。
「侵攻作戦を防げれば一番良かったのですが…『イワノフを失脚させれば日本が復活出来る』そう考え、日本が復活出来るように仕掛けをすることを考えました。私のシナリオ通りにいけば、イギリスは産業革命以来に訪れる『世界の主役』となれますし、中国政府が倒れたらインドは『IT分野、兵器産業で中国を凌ぐ国家となりアジアの盟主』となることが出来ます。仕掛けの重要なカギを担うイギリスとインドは私のシナリオ通りに動いてくれました。それに脇役であるヨーロッパ諸国の『ロシアが衰退すれば軍事的脅威が全く無くなり、エネルギー供給が安定する』そんな思惑も加わりました。大韓民国が加わったのは大きなアドリブでした。全てが合致した結果が今の状況です」
「やはり『自分達にメリットが無ければ、どこも他人のために戦ってはくれない』そうなんですね。同じような苦しみを味わった大韓民国くらいか…利害無しで戦ってくれたのは。まあ、戦ってくれた国の思惑はどうであれ、日本は悪夢以前に戻れたし、悲劇を二度と繰り返さないように準備を進めることもできている。やはり『他国を頼らないで国を守る。自分達の国は自分達で守る』その考えに間違いはなかった」
「それは凄く大事なことですし、当たり前のことです。どこの国も自国民を犠牲にしてまで他国を守ってはくれません。でも…そのような考えや軍備増強を進めることはとても大事なのですが、それでも日本の未来には新たな苦難が待っています。間違いなく。その新たな苦難の話しをする為に私はここに来ました。これから話すことは私からの忠告なのです」
順一が外遊から戻って二週間後、日本が復活してから一か月後に独立していた台湾の荘駐日大使が総理官邸を訪れた。ジーナの教えてくれた「日本の新たな苦難」の幕がこの訪問で上がった。
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