6th Treasure Vol.7(日本/新潟/8/2020)


 人生は、いまいちうまくいかない。自分の人生を振り返ってみるに、辻褄が合わない。こんな真面目な好青年が、なぜいまだに幸せでないのか?

 若者は、思慮にふける。


「ジン様。大切なお話がございます」


「ぼくは一人になりたいんだ。優秀なメイドが、そんなことも解らないのか」


 世にはびこる『曖昧にぼかして自分も相手も傷付けない、のらりくらりとじっくり腐らせるような人間関係』を嫌い、はっきりと物申した。ほらみろ、ぼくほど自分のことも、相手のことも気遣って慮っている人間などそういない。


「…………」


 そんなぼくの気持ちにも気付かず、この無遠慮なメイドは静かに待機している。視線が怖い。使用人の――


「分際で」


「はい?」


 声が漏れてしまっていた。そして案の定拾われる。ぼくは息を吐き、姿勢を正した。


「聞き流しておこう。勝手に話したらいい」


 話の内容に見当ならついている。どうせあのことだ。でなければあのことだ。あるいはあのことだ。仮にそのどれでもなかったとしても、あれかあれかあれかあれかあれかあれかあれかあれかあれかあれのことだろう。いや、あのことという可能性も捨てきれない。ともあれそんな、どうでもいいことだ。


「ジン様。……いつまでですか・・・・・・・?」


 ぼくはつい振り向いてしまった。

 しまった。その話は想定にない。


        *


「『兄様』とー」「『姉上』がー」「「いないとつまらないのー」」


「……お二人しかいないときでも、そのように話されるのですね」


「「敵っ!?」」


「敵ではございません。ハルカ様。カナタ様」


 メイドがうやうやしく一礼すると、女児二人はシンクロしてだらけ・・・に戻った。


「「やっぱり敵なのー」」


 シンクロして言う。敵意については相変わらずだが、警戒心に関しては解けたようだ。


「……シュウ様はご一緒ではないのでしょうか」


 周囲を見渡し、メイドは言った。

 女児二人は鏡写しにお互いを見つめ合って、また口を開いた。


「シュウはー」「いまはー」


 互いに反対の口角を上げ、シンクロする。


「「オーストラリアなのー」」


「なるほど、第六の書庫ですか」


「「なんで解るの!?」」


 もちろんオーストラリアと第六の書庫にはまったく関連性がない。

 メイドはわずかに口元を緩めた。


「ご主人様方のお考えはすべてお見通しでございます。でなければ、メイドなど務まりませんから」


 事実当てているのだから否定はしづらいが、荒唐無稽な理論だった。だが、メイドとしてもそれ以上の説明などできなかった。女児の微細な挙動、声質の変化、視線、癖や、それらを隠そうと無意識に行う無理矢理で不格好な動作のすべてが、メイドに真実をそれほどまでに如実に伝えるのだ。


 特に双子――正確には三つ子・・・は、お互いに意思疎通する場面があって読みやすい。唯一、二卵性で生まれたという幼年だけは多少読みにくいが。


「「それで、なんの用なのー」」


 見透かされて不機嫌になったのか、そもそもの敵対心が表出したのか、そっぽを向き女児は言う。


「確認したいことがございます」


 メイドはスカートの端を持ち上げ、深々と頭を下げる。うつぶせた顔には影がかかっているが、それでも、メイドが真剣な話をしに来たということは幼い女児にも伝わった。


(……なにこの状況)


 タイミングよく、幼年も合流した。


        *


 メイドはよい距離感を保った。新たに合流した幼年を交え、さり気なく誘導し、口車に乗せ、ほどよく距離をとる。


「これからジン様を、殺そうと思います」


 準備を整え、宣言した。


「なっ……!」「えっ……!」


 女児二人は咄嗟に、自身の衣服のポケットをまさぐった・・・・・・・・・・


「乗るな」


 それを、幼年が低い声と素早い動きで封じる。メイドに相対する女児二人を正面からとどめる。そして、肩越しにメイドを睨んだ。


「やっぱり、あんたは敵なんだな」


 冷酷に言い放つ。じわりと、部屋の湿度が上がった。

 背丈が足りない分を見下ろして、メイドは言葉をとどめたまま。


「……このままでよろしいと、本当にお思いですか? 衛生観念のない住居で、明日食べるものも満足に揃っていないこの環境で? わたくしはみなさまのことを慮ってこそ、この提案を致しております」


 これ見よがしに仰々しい礼をする。その態度が、癪に障る。


「……確かに『オヤジ』はまともな人間じゃねえ。俺たちのことより自分のことが大事なくそ野郎だし、俺たちのうちの誰よりも子どもみてえな夢を見てる、ひねくれにひねくれたダメ人間だ」


 だが。

 幼年が取り押さえていても、徐々に変化する女児の肉体、顕現する炎を纏った聖鳥。


「どれだけ落ちぶれていようが俺たちの父親だ。……『アニキ』のことも含めてな。家族を駆け引き・・・・に貶めるなら、少なくとも俺は、許さねえ」


 ちゃんとバレていた・・・・・。と、メイドは安堵する。


「大変失礼致しました。シュウ様」


 スカートの端を持ち上げ、深々と一礼した。


        *


「俺たちの気持ちを――覚悟を知りたかったんだろ、あんたは」


 女児を落ち着かせ、幼年は改めてメイドに向き合う。


「ええ、さすがはシュウ様、聡明でいらっしゃいます」


「そういうのはいいよ」


 またも仰々しく一礼するメイドに幼年はため息をついた。


「俺たちはそんな風に丁重に扱われるような人間じゃないし、関係じゃない。身に余るほどの大仰な態度をされると、馬鹿にされているように感じる」


「ご理解されているなら、なお話がスムーズです。そうです。ご主人様方は大馬鹿者でございます」


 感情のない平坦な口調が変わらなかったから、子どもたちはその言葉を理解するのに時間がかかった。

 その時間をついて、メイドは話を進める。


「あなた方は、自分たちが本当の家族でないことに遠慮されているのです。互いを愛し合いながら、どこか一歩引いていらっしゃる。一歩、というより、一線でしょうか。本当のご兄弟であられる、ハルカ様、カナタ様、シュウ様は別として、ヤフユ様やジン様を含めた家族間でのふれあいは、顕著なほど遠慮なされている」


「そんな!」「……」


 と、女児の片割れが言った。しかし、言葉は続かない。

 続かない言葉に、続けられない言葉に、女児の二人は顔を見合わせ、やがて俯く。


「……そんな、ことは、ないのだわ」


 小さく、二人で言うべき言葉を呟いた。だから理解できてしまう。


「ハルカ様。あなた様の長所は、みなを照らし、道を示すことのできる明るさでございます。どうかその無遠慮な明るさで、もっとジン様ともお話をしてみてください」


「無遠慮って……褒められている気がしないのだわ」


「褒めておりませんから」


 メイドは珍しく笑顔で、そう言った。


「カナタ様の長所は、軋轢が生じないように間を取り持つことができる社交性です。この無遠慮な姉にずっとついてきた賜物でしょうね。ぜひその潤滑油となれる性質を、他のご家族にももっと発揮してください」


「……それも褒められていないのですよね」


「いいえ、カナタ様のことは褒めております」


 言うと、メイドは女児の頭に手を置いた。


「シュウ様の短所は聡明であられることです。もっと馬鹿になってください」


「なんで俺だけシンプルに貶すんだよ」


「あなた様が一番、ご家族と距離をとっているからでございます」


 端正な動作で幼年に一礼する。もう解っている。それは、愚か者を侮辱する動作。


「私が今回、ノラ様にご同行しなかった理由は、一番はノラ様に拒絶されたからですが、もう一つは、ノラ様がいないときに、みなさまとお話がしたかったからでございます」


 頭を上げ、姿勢を正す。三人の子どもたちに改めて向き直る。


「みなさま、死ぬ覚悟がおありですか?」


        *


 若者はメイドに正面から向かい合う。椅子に浅く腰掛け、足を組む。ぼくはかっこよくなければならない。死の淵の・・・・そのぎりぎりまで・・・・・・・・


「……いつまで、とは?」


「言葉通りの意味にございます。ジン様。あなた様の命は・・・・・・・いつまでもちますか・・・・・・・・・?」


 若者は舌打ちした。そうはっきり問われては躱しようがない。


「……あと一年といったところか。胸算用だが」


「どこがお悪いのですか?」


「べつにどこも。きみは人体が、どうなれば悪い・・・・・・・と思っているんだい? 物質は、いまそこに在る形で最上だ。そこに良し悪しはない」


「……ジン様」


 メイドが若者ににじり寄る。だからそういう目つきで、仮にも主人を睨みつけるな。若者は怒りと恐怖をわずかずつ配合した感情で、そう思った。


「……医学的な疾患という意味では、臓器のすべてだ。まだ幼いときの検診結果だがね。おそらく生まれつきだが、ぼくの体は内臓がすべて、小さすぎる・・・・・んだよ」


「そんな難病でよくこれまで生きてこられましたね」


 一世一代の告白をしてもメイドは表情一つ動かさず、そんなことを言った。不覚にもその態度は、若者の琴線に触れた。


「あまりものをお召し上がりになられないのも、内臓がそれを消化しきれないからですか? だとしたら、私は――」


「きみがなにかを為そうとも、このぼくに、なんらの影響も及ばないよ。一個の生命に降りかかるすべての幸・不幸は、一つの漏れもなく、その者自身の行動の結果だ。その外部に責任はない」


 若者はメイドに背を向け、机に向き直った。


 だが、無理に食わせるのはもうやめてくれ。小さく言う。


 そして、……味は悪くなかった。と、さらに小さく付け加えた。


 その言葉に、メイドは静かにかしずく。口先だけでなく・・・・・・・、この者を新たな主人として加えた瞬間だった。


「……ノラ様やヤフユ様は、大丈夫でしょうか」


「いや、あまりよくはないね」


 いやに断定的に、若者は即答した。

 窓の外を眺める。その金色の瞳は、なにを見ているのだろう?



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