ひとくちの小さな幸せ ~短編集~

安住ゆら

第1話 きのこと彩り野菜のカレーライス

 なんだか良い匂いがする。

 部屋の外から漂ってくる香りに、思わず鼻が動く。さらさらと走らせるペンを持つ手を止めて、私は椅子から立ち上がり、凝り固まった身体を伸ばしつつ自室を後にした。

 引越しの段ボールが二段、三段と積み上がる廊下を通り抜け、辿り着いたのはキッチンだった。トントンという小気味よい包丁の音、鍋からぐつぐつと煮える音がハーモニーを奏でているようで、思わず心が躍る。

 テーブルのセッティングを終える頃には料理が完成したようで、飲み物などの準備のために再びキッチンへと向かった。少し深めの皿に、炊き立てのご飯をよそっていく様子を、母の背中からそっと覗く。炊き立て特有の、ほんわりとした甘みのある香りがあたりに広まっていくのを、準備する手を止めてこっそり楽しむ。先ほど煮えていた鍋の蓋を開けると、部屋にまで届いていたスパイシーな、そしてきのこの溶け込んだ香りが、炊き立てのお米の香りを上書きするように辺りを包み込み、思わず唾を飲み込んだ。それを真っ白なご飯にかけた後は、グリルした茄子とピーマン、南瓜を形よく盛り付けて完成だ。

「いただきます」と手を合わせ、軽く息を吹きかけて冷ましてから口へと運ぶ。南瓜はほくほくとして、まるで焼き芋のような食感で、その自然な甘さと少しピリッとしたルーとが合わさって、まろやかな口当たりへと変化した。

「美味しい」

 思わず口からこぼれ出た言葉に、向かいで料理を口に運ぶ母の瞳が柔らかく細められる。そんな母を見て、自然と私の顔にも笑みが広がっていった。

 食事の時間、小さな幸せを噛みしめながら、私はスプーンを持つ手をどんどん進めていった。


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ひとくちの小さな幸せ ~短編集~ 安住ゆら @ykhr_azumi

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