どんでん返しを斬り返す異世界交渉術

ほねうまココノ

チートを生かすには、まず交渉から。

 女神サービスが終了しました。

 あなたに与えられた能力はすべて消失しました。

 俺が異世界に転生するとき、女神から与えられたチート能力、その使い方について、いつも一方的に説明してくれる存在だった『天の声』が、予想だにしないメッセージを読み上げた。

 さあて、俺としてはチート能力が万能すぎて、あくびが出ていたところだ。

 うそです、ごめんなさい、女神さま、助けて。

 今、俺たちの真っ正面には、めちゃくちゃデカくて剛毛で筋肉質な魔王が、地にひれ伏している。全身から青い血をどくどくと流している。

 だとしても、俺のチート能力がすべて消え失せたならば、もはや勝ち目などない。仲間たちも能力は最強クラスだが、装備に付与しておいたチート効果が消えたため、たとえば魔王が深呼吸するだけで猛毒もうどく秒殺びようさつバッドエンドだ。

 俺の身に異変が起きたことは、みんな察している。

 そして、これほどの力を持つ魔王が、異変に気付かぬはずがない。ならば……。

 己の努力によって磨き上げた、交渉術の出番だ。

 おい魔王、今からおまえにチャンスをくれてやる。

「ふっ、何を今さら……」

 噴き上がるマグマを背景に、地表からにらみつける魔王。とうてい戦意を失っているようには見えない。

 だが、おまえは闘いの前に言ったな? ここで引き下がれば世界の半分をくれてやると。あれは本気か? それとも、誰かに吹き込まれた定番ネタか?

「…………」

 無言だ。

 襲ってはこない。

 交渉する余地がありそうだ。

 俺は、魔王の心臓をつかむようなアクションを見せ付けて熱弁した。

 おまえの力をすべてよこせ。そして俺と契約しろ。さすればおまえは俺を経由して、再び魔王の力を行使できるであろう。

 まあ、俺の力を全てぶつければ、おまえの存在など跡形もなく消し飛ばせるわけだが。

「……目的を言え」

 よし、ここだ、選択を誤ってはいけない。

 俺たちが無防備となった理由をそろそろ明かさないと、岩陰からコソコソ様子をうかがっているザコモンスターから、致命的な一撃をもらいかねない。

 魔王よ、おまえはいま、この世界が絶望にひんしていることを、ご存じか?

「ふんっ、キサマさえ現れなければ、人間どもを飼い慣らして、天界へ攻め込むための、十分な物資を蓄えられたものを……」

 ほほう。それは初耳だな。

「もとよりこの世界は、人間と魔族が暮らしてゆくにはマナが足りん。そこへキサマが現れたのだ。ああいまいましい。ただでさえ少ないマナを無駄にバカスカ消費しよって」

 すまない、知らなかった。

 だが、ネタは使わせてもらう。

 俺たちだって、おまえとの闘いは望んでいなかった。

「我は、交渉をもちかけたが?」

 おおっと、まずった。

 力でねじ伏せたのは俺たちだった。いや……まてよ?

 おまえが交渉をもちかけたのは、一回目の変身を終えてからだ。

「いかにも……」

 俺たちも、魔王と力を合わせることで、マナ不足が解消できるのか、力のほどを見極めたかった。つまり目的は同じだ。

「…………いいだろう」

 よし、魔王が人間の姿に戻った。

「我の力を得たところで、キサマらがマナ不足を解消できるとは、とうてい思えんが……」

 もちのろん。

 だが、ここは強めな態度で攻める。

 はやく力をよこせ。

「ふん、せっかちなやつめ。要求をのまねば我を滅ぼすとは、キサマは本当に勇者か?」

 中身はただの人間だったが、今は能力もただの人間だ。

 ナイショだけどな。

「ううむ、我の力をキサマにくれてやる、が、これは悪魔契約だ。キサマは何か一つでも代償として差し出せるものはあるか?」

 俺が、差し出せるもの。

 差し出せるもの……。

 うーん、思いつかない。

 ここで仲間の命を差し出すようであれば、それこそ魔王だ。

 どうする。

 考えろ。

 いまの俺に差し出せるものは――。

 ――未来だ。

「ほほう?」

 おまえら魔族に未来をくれてやる。

 なにせ俺は、かつて天界に行ったことがある男だからな。

「なん……だと?」

 うそではない。

 俺の力に、魔王の力を合わせて、天界まで飛んでやる。

 さあ、乗ってこい。

 よし、いいぞ。

 魔王が、まがまがしい闇の玉を体内からひねりだした。

 それを俺に向けて、ふんわり放つ。

 もしこれが攻撃であれば、俺は死ぬわけだが……。

「悪魔契約は絶対だ。我を失望させるなよ?」

 ああ。

 闇の玉が、俺の中に入ってきた。

 おお、みなぎる、みなぎるぞ。

 わははは、これが魔王の力かっ!!

 最高っだ!! 最強の力だっ!! ぐわはははっ!!

 こほん。

 取り乱してしまった。

 闇耐性がゼロであることを忘れていた。

 よし。たしかに力は受け取った。次は、おまえが俺を経由して、魔王の力を使えるようにする番だが――。

「ふむ……はやく始めよ」

 甘いな、元魔王くん。

 たしかに俺は、おまえが俺と契約すれば、再び魔王の力を行使できると言った。だが、これは悪魔契約だ。何を代償にしてもらうかまでは口にしていない。

「キサマ……ぐぅぬ、我よりも心が黒い……」

 この世で最も黒いヤツに言われたくないね。

 さてどうするか。

 調べたところ魔王の力は、魔族を従えているそれとは別の力であるらしい。つまり、魔族の力を借りたければ、おまえという存在の力を別途借りなければならない。

「我は……仲間までは売らんぞ?」

 ああ、でなければ、魔族の未来とかいう超ホワイトな材料で交渉に乗るはずがないからな。そして俺は、未来をくれてやるとは言ったが、俺が勝ち取ってやるとは一言もいっていない。俺が天界に乗り込んで女神と交渉するためには、魔族の力がすべて必要となるのだ。

 さあ、魔族の力を、ぜんぶ俺にくれ。

「キサマは、どこまで勝手を……」

 困るはずだ。俺が天界へ行く前にくたばったりしたら、交渉どころか、魔王の力さえ使えなくなる。ちなみに女神は、今もどこかでこの地上をのぞき見ているぞ?

「なん……だと……?」

 のんびりやっていたら、女神は、また別のやつを送り込んでくる。そいつが俺よりもたちのわるいチート能力を与えられていたら、世界のマナが――、

「どういうことだ。その、チート能力とやらは、女神が授けたものか?」

 しまった。

 天界のことは伝えていたが、チート能力のことはナイショだった。

「くっ……我は……だまされたのか?」

 いや、断じて違う。俺は約束した。だからこそ、次のチート野郎が乗り込んでくる前に、けりを付けたい。

「命までは……やれん」

 わかっている。さっきみたいな闇の玉でいい。あれをすべて俺にくれ。

「闇の力がなければ、魔族らは人間どもに殺されてしまう」

 だったら悪魔契約が終わるまで、わずかな時間だが、魔王の力とチート能力をあわせて、魔族らをバリアで守ってやる。その程度ならマナを消費しても構わんだろう。

「ふぅむ……魔族らの未来を、信じてもよいのだな?」

 ああ。

 チート能力はうそっぱちだが、ひとまず魔王の力で近くの魔族たちにバリアを張った。

 元魔王は、念波系ねんぱけいの魔法をつかい、魔族たちに、闇の玉を差し出すよう指示した。

 豆粒サイズの闇の玉が、続々と俺のところに集まってくる。

 おお、おおお? これは、なんだろう。

 せこい? ひっきょい? ずるがしこい?

 力の総量は、魔王のそれよりはるかに大きい。が、あふれ出るオーラから小物臭こものしゆうただよってしまった。

 仲間たちが心配そうに見ている。

 さて、決断のときだ。

 もともと俺は、この世界の人間ではないし。

 すべての闇を飲み込んで――。

 自らの命を絶つとしようか。

 ドスッ。


「ずいぶんと無理をしましたね」

 なつかしの女神がいた。

 チート能力なしに、みんなを救う手段はあれしか思い浮かばなかった。

「一度転生した世界には、二度と転生できませんよ?」

 初耳だな。

 それに、女神サービスとやらが終了することも初耳だった。

「わたくしは説明しましたよ?」

 聞いてないぞ。

「説明しました」

 ぜったいに、聞いてない。

「ぜっっったいに、説明しましたからっ!!」

 じゃあ証拠を見せてみろ。女神なのだろう? ここでの仕事ぶりくらいは映像でぱぱっと出せるはずだ。

 すると女神は映像をぱぱっと出して、当時の様子を再確認した。

「これは、え~っと、こほんっ。本来であれば、天の声が説明すべきこと。ですが、どうやら、あなたは四六時中いそがしそ~にチート能力を使っていたものですから、説明するタイミングがなかったそうです」

 ぶっ、まわりまわって俺のせいかよ。

「特例ですが、あなたにはもう一度だけ、あの世界に転生する権利を与えます」

 選べるの?

「ええ、選べますよ?」

 うーん。

 あっちの様子は?

「みなさま泣いておられます。魔族さんは次々と殺されております」

 それ、どうにか蘇生できない?

「今なら蘇生できますけど。したところで、またすぐに死にますよ?」

 うーん……。

 そもそも、どうして俺をあの世界に転生させた?

「あの魔王さんは、天界へ攻めてくるつもりでしたから」

 マナが足りないんだってな。

「魔族と人間が争っていますからね」

 争わなければ足りる?

「ええ、争わなければ、精霊せいれいが調和を保ってくれるでしょう」

 精霊とかいたんだ。

 うーん、だとしたら、あの世界の人間と魔族から、争いの記憶とか、衝突につながるような記憶だけを消せないかな。

 蘇生がオッケーなら、それくらい干渉してもよさそうだけど。

「できますよ?」

 じゃあたのむよ。

「では、それが済んでから、あなたを再びあの世界に――」

 なあ女神よ、

「はい」

 俺は、女神って存在が、心の清い存在だと思っている。

「ふふっ、そのように言われておりますね」

 だからもうひとつだけ、次のお願いに「はい」と答えてほしい。そしたら、あの世界の連中はみんな喜んでくれるし、あんたも、天の声のしりぬぐいで俺をもう一度あの世界に転生させたとか、汚点を残す必要もなくなる。

「うぐ……」

 だから、あとひとつだ。

「……あと、ひとつ……だけですよ?」

 ああ、よろしくたのむ。

「ではお約束しましょう。あなたの願いを――」

 女神よ、俺と結婚してくれ。

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