第4話

「いないね、きーちゃん」

「うーん、探してみるといないもんだな」

 先ほどとは違い、目的のある散策だが、それでも目的の人物がなかなか見つからなかった。

「そうだ、公園裏の雷じじいの家はどう?」

「え? あのじいさんの家か?」

 颯太の提案に、貴一は苦い顔をした。

 雷じじいとは、公園の裏の家に住んでる、怒りっぽい老人の家だった。

 よく公園で子供がサッカーや野球をしてるとき、ボールが家に飛び込んで、老人の家の窓ガラスを割ってしまう。それが毎度起こるから、老人は怒りっぽくなってる、というのが子供側からの見解だった。

 公園の立地と、老人の家の窓ガラスが、丁度悪い具合に重なってしまっていた。

 しかも、その老人は、窓ガラスが割られると、子供の親に電話して弁償させている。

 なので、子供たちは、公園で球技をするとき、細心の注意を払って遊んでいる。

「俺、一回あのじいさんの頭に、ゴムボール当てて死ぬほど叱られたからなぁ」

「知ってるよ、僕もいたもん」

「でも、あの怒りっぽいじいさんなら、今でも怒ってるかもしれないな。行ってみるか」

「うん、そうしよう」

 恐怖心より好奇心の方が勝ったのか、貴一と颯太は、公園裏に住んでる雷じじいの家に向かった。



「きーちゃん、あそあそこ!」

「おう、見えてる」

 颯太と貴一は、柵から身を乗り出して、ばれないように雷じじいの家を覗いた。すると、盆栽に水をやっている雷じじいが見えた。

 着古したボロボロの服を着て、頭は禿げ上がっているが、背筋は伸びている。いかにも頑固そうな老人だった。

「今は怒ってないのかな」

「さぁな。ボールでもぶつけて見るか?」

「持ってないでしょ。──あ!」

 貴一が悪ふざけをしようとしたが、そんなことをする前に、赤金が柵を飛び越えて雷じじいの家に入って行った。

「赤金が反応してる。やっぱり雷じじい怒ってるのかな。……ん? あれ? そっちじゃないよ!」

「バカっ、声が大きい!」

 つい大声を出してしまった颯太の口を塞いだ貴一だったが、貴一も赤金の行方が気になっていた。

 赤金は、老人には興味を示さず、開け放たれた家の中に入り込み、その先に掛けられた掛け軸に向かって行った。

 赤富士に鶴が描かれた、高そうな掛け軸だった。

「なんでそっちに────」

「「あ!!」

 貴一も颯太も、我慢できずに声を出してしまった。

 だが、それくらいのことが起こった。

 掛け軸に吸い込まれるように近づいて行った赤金は、掛け軸に体当たりするように体をぶつけて、そのまま


 ペタ────


 っという感じで、掛け軸に張り付いてしまった。

「「ああ!」」

「ん?」

 もう何度目かという大声に、流石に老人も気づいたが、間一髪、貴一たちは身を伏せた。

「どうしようきーちゃん! 貼りついちゃった!」

「お、落ち着け、見間違いかもしれん、もう一度見てみよう」

 そう言って、もう一度顔を上げて、老人の目を盗んで掛け軸を確認する貴一と颯太。

 だが、見間違えではなく、赤金はそのまま綺麗に、まるで赤富士の上を飛ぶ鶴と並んで羽ばたくように、掛け軸におさまっていた。

 そう、絵の一部として、まるで水滴が染みつくように、赤金も絵に染みついてしまった。

「そういうことか……」

「そういうことって、どういうこと?」

「赤金の実態は墨なんだよ。赤い墨。人の燃えるような赤い怒りを吸い取って、自身を赤く染め上げてたんだ。元々が赤い墨だから、ああやって掛け軸にも染みつくんだ」

「染みつくって、じゃあ、赤金はどうなるの?」

「どうなるもこうなるもないさ。零れた水がお盆に返らないように、一度染みついた掛け軸からは戻れない。ああやって、掛け軸として鑑賞するしかない」

「そんな、僕、悪いことしちゃった?」

「ここに連れてきたのは俺たちだが、掛け軸に染みついたのは赤金の意思だ。墨は紙に乗ってこそ価値がある。ある意味、これでよかったのかもしれない」

「そんな、うーん……」

 貴一は、過ぎたことはしょうがないと思ったが、あれだけ赤金をかわいがっていた颯太は、思うところがあるようで、帰りの道中、ずっと落ち込んでた。

 貴一も、特に励ます言葉が見つからず、颯太の家まで無言で帰ることになった。

 家に帰ってテレビをつけると、国宝の陶器が鑑定家に紹介されていた。

 あの掛け軸が、国宝級のお宝になることは、まずないだろうと貴一は思ったが、名作の逸話というのは、それなりに裏付けがあったりすのかもなと、貴一は思った。

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浮遊金魚 ~きーちゃんと颯太~ 七幹一広 @h_nanamiki

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