株式会社『ウンメイ』
林きつね
株式会社『ウンメイ』
応接室。
快適な空調は、気を張っていない者に眠気を誘う。けれど、今この場に気を張っていない人間は、果たして存在するだろうか?
なにせ、今は面接中。ここ、株式会社『ウンメイ』の採用試験の真っ最中だ。
年齢は四十手前。目つきの鋭い横わけの男が、目の前に座る面接者を睨んでいる。その男の横に座っている若者二人は、内心その面接者を不憫に思いながら、ペンを片手に黙って座っているのみだ。
けれど、面接者の佇まいは、見事なまでに堂々としている。
質問なんでもござれと、今どきの若者にしては珍しい気概を感じ、口を開く前に面接官はほう……と唸る。
「まずはですね……我が社がどういった会社か、ご存じですか?」
自己紹介も、志望動機も別にいい。そんなものは手元の紙を見ればすぐに分かるし、志望動機なんてものはいくらでもとり繕えるのだ。
けれど、知識に関してはとり繕えない。近頃、どこでもいいなんでもいいと、会社のことを知りもしないで採用してもらおうとする不届きな輩が後を立たない。
そういう人物を見極めるために、面接官はまずこの質問をすることにしている。
面接者は、余裕を崩さない。そんなもの、自分の名前のように知っていて当然だというふうに、堂々と答える。
「はい! 御社は、つまらない現実をひっくり返し、面白くすることを目的とし、日々誰もが目をむくような事実を製作、販売している会社です!」
「ふむ……。しっかり、勉強してきているようだ。では、我々が製作した事実の中で、君がもっとも好きなものを教えてくれたまえ」
「ありません! なぜならば、部外者は新たに付け加えられた事実を、認識することが出来ないからです! 作られた事実は、我々にとって、存在していたものであり、作られたものではないかです!」
「なるほど……」
トラップには、引っかからなかった。
上辺だけなぞった知識なら、検索一つ、五分もかからずに手に入れることが出来る。
そこで満足しているようなやつは、大抵さっきの質問で引っかかるのだ。
そう、『ウンメイ』によって作られた事実は認識出来ない。それがただただ当たり前であったかのように、世界は動く。
「『事実は小説より奇なり』なんてことは無い。現実は酷く計算されており、つまらなく、イレギュラーが発生しないのだよ。だから、我々がいる。我々が、これまでの前提を全てひっくり返すような事実を世界に植え付けて、少しでも面白くするのだ」
「存じております」
「ふむ……。君は最近の若者にしては珍しい気概と意欲を備えているね。横に座っている二人にも見習わせたいものだ」
「ははは」
苦笑い。面接官の隣に座る二人も、声には出さず苦笑い。
そして二人は同時に思う。この人が無駄話を始めたということは、気に入られたということだ。
もう自分達の仕事はほぼ終わりだな、というように、もうすぐ新入社員になるであろう面接者を見守る。
「どれ、折角だ。君にも一つ、事実を作り上げる所を見せてあげよう」
「ほ、本当ですか?!」
目を輝かせる面接者の前に、天井からスクリーンが降りてくる。
そしてそこには、一組の男女が映し出された。
一人は、社会人になって数年程であろう風体の男。そしてもう一人は、見た目高校生……いや、中学生か? ぐらいの三つ編みの女の子。
「彼らは面白い二人でね。まず、男の方が休暇中に旅行にやってきた。女の方はその旅行先の地元民だ。二人は出会い、そして恋に落ちた。その後男は仕事をやめ、その女のためにこの田舎へと移り住んだ」
「いい話ですね」
「だが、まだ足りない――」
「面白味が、ですか?」
「よくわかっているじゃないか」
上機嫌に笑いながら、面接官は手元のリモコンを弄る。すると、今度はスクリーンに別の三人の女の顔が表示された。
「彼女らは、まだ存在していない人間達だ。これを今から、ある設定を加えて、この世に存在させる。どんな設定か、わかるかね?」
「…………申し訳ございません。私にはわかりません」
「ふむ、よろしい」
わからないことを素直にわからないと言えることは美徳だ。それが面接官の考えである。
「この三人は――男の恋人だ。都会に残してきた、ね。おまけにまだ一人たりとも関係性の精算も済んでいない。それどころか――」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「なにか?」
「それで、なにが、どう面白くなるんでしょうか? 」
「ふふ、わからないかね? これまでの前提がひっくり返るのだよ。あの二人は幸せだ。予定調和に満ちた限りない幸せの中にいる。それがひっくり返るんだ。禍根が、反省が、後悔が、亀裂が――面白さが、生まれる」
「そ、そんなことって……」
「不満かね? 我々の仕事はこういうことだと、そこまでは調べなかったのかね?」
物語では、誰かが不幸になれば、死ねば、それを見ている人間は喜ぶ。
こと現実世界においても、ちゃぶ台をひっくり返したような悲劇は、なによりの面白さだ。
これまで堂々とした姿勢を崩さなかった面接者に、初めて揺らぎが見えた。
椅子から立ち上がらなかったのは、ひとえに、彼の理性の強さの現れだろう。
「そんなの……そんなの酷すぎます!! 面白さはとは幸福の積み重ねが生み出すものではないんですか?!」
「違う。表が裏に、裏が表になるその時、我々の見ている世界は一変するんだ」
「でも……あんなに……あんなに幸せそうなのに!!」
スクリーンに映るのは、なにやら三角形のお菓子を食べさせあい、少し赤くなり、そして笑顔を見せる二人の姿。
誰がどんな角度から見ても、これ以上の幸せはない。そんな光景だ。
そんな幸せを、ボタン一つで、今この瞬間にひっくり返せるのだ。幸せそのものの存在ごと、どうしようも無い事実で塗りつぶして――。
「こんなのは……こんなのは違う……。誰かが笑えるから、面白くする意味がある。事実を世界に植える価値がある」
「その誰かとは、我々だよ」
「え……」
「植えられた事実を、誰も認識でない。認識出来ているのは、変えた我々だけだ。つまり――、我々が面白ければそれでいいんだよ」
何かが押された音をする。
それは、何かが変わった音。何かが崩れ、何かが生まれた音。
今この時より、世界は形を変えた。そして、それが当たり前であると、世界はまた回りだす。
スクリーンは引き上げられ、一面接者でしかない彼に、変えられた光景の先を知る術はない。
「帰りたまえ」
冷たく放たれた一言を避けるように、荒々しく席を達、当たるように扉を強く閉めて、面接者は部屋から出ていく。
廊下の先で、麗しい一人の女性が、凛々しく立っていた。
「如何でしたか?」
「――合格だよ」
面接者は――面接者であった者は、顔に貼り付けた別の顔を剥がす。そこに現れたのは、初老とよべるような年齢の男性の顔だった。
「情如きに流されず、この会社の理念に基づいて彼は世界にまた面白い事実を植え付けた――。我が社の社員として、相応しい」
「では、彼はリストラ候補から除外しておきますね」
「ああ、頼む」
そう言って、株式会社『ウンメイ』の社長は、にやりと口角を上げた――。
株式会社『ウンメイ』 林きつね @kitanaimtona
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