第12話 蒼の審判:襲撃と独立

 暗く物音一つしない建物の前にシグレはたった1人立っていた。明かりがつく時間としてはおかしくなかったが、シグレはスマホの画面と睨めっこしながら確認していた。


「うーん、場所と建物は間違いないね」


 ある程度確信を持ったシグレは玄関らしき扉の前に行く。数秒程、間を整える。


「こんばんはー! 処刑人でーす!! 死をデリバリーしてきましたー!!! 」


 軽い口調とは裏腹に恐ろしい事を言い放つシグレに対し、扉の向こう側は無言だったが物と物がぶつかる音だけは返事をしていた。シグレは何かがいる事を察知すると、靴底を扉につける。扉の硬さを確認する。


「『剛撃』」


 勢いよく扉を蹴り飛ばす。吹き飛んだ扉で砂埃が起こる。少しして起こった砂埃が止むと、そこには机に隠れながらシグレを見つめている者が数名いた。頭を数えると3人いるようだ。


「あっごめんね! 扉と壁を壊しちゃったけど、いいよね? どっちがごめんなさいしないといけないか分かってるはずだし」


 シグレの言葉に恐怖を感じたのか、隠れていた内の1人が口を開く。


「おっ、お前、何故ここが分かった!? 」

「えー、そんなテンプレ的な事言う? うーんと、追跡できたからと言ったら納得できる? 」

「す、するわけ」

「ないよねー? まあどうせ死ぬ寸前まで追い詰めるけどいいよね? 」


 相変わらず軽い口調で迫ってくるシグレに、隠れていた者達はただただ怯えるしかない。シグレは相手に聞かれるわけでもないのに口を開く。


「まず、監視カメラから最近の銀行強盗及びATMの被害から大体の人物を特定、あっそうそう、拳銃を持ってたみたいだけど、あれ3Dプリンターだったんだね! 最近の巫子代はそんなハイテクなものを使えてたんだ。上手く人間に成りすませてすごいなー。追手の巫子代との戦闘で落としちゃったのが運の尽きだったね。でもわざわざ3Dプリンターってところがいいね! おばあちゃん感心感心! ところでさぁ……」

「なんだ……」

「私が誰だか分かるかな? 超有名人だよ? 当ててみて? 」


 銀行強盗の巫子代達は恐怖で震えながらも、僅かに残った理性で考えていく。


「……誰だと言われても子供の姿じゃ分からないし変化されていたらもっと分からない」


 巫子代達は写真というものを知ってても本人を知る機会はあまりなく、ましてや姿を変えたり別の性の肉体に変える巫子代も少なくない。それにシグレ自身が大人びても中高生くらいなのが余計に判断に困る。


「大人の姿じゃない有名な巫子代と言えば、アカツキだが……」

「いや、確かアカツキはもっと背が低い。小学生低学年くらいのはずだ」

「やだー、世界で1番ステキでかわいいアカツキと間違えられちゃうと、私困っちゃうなぁ」

「しかし、背の低い有名な巫子代は……」


 1人が何かに気付き、口を開けたまま言葉を出さなくなっていた。その様子を見たシグレは


「そこの人は多分理解ったのかな。じゃあ残りの人にヒントを出しちゃおうと」

「ヒント? 」

「ヒントはアカツキの元嫁」

「!? 」

「えー、まだヒント欲しい? アカツキの元妻でもあって、元カノでもあって」

「アカツキと同じ四大巫子代の1人……」

「ん? あれ分かったかな? 」


 シグレとアカツキは巫子代達の中でも特に強大な力を持つと言われている四大巫子代として呼ばれている。味方とっては尊敬の念を、敵にとっては恐怖の念を抱かれていた。


「うわあああああ!!! 」


 1人が尻餅を着いたが、シグレはそんなことなど気にもせず


「正解は、離婚しても絶賛同棲中の心はいつまでもアカツキの伴侶こと、シグレでぇーす!! 」


 言葉を失った者と尻餅を着いた者以外皆、壁に当たるまで後退りしてしまう。害虫の様に距離を置かれたシグレは不満そうに


「えー、離婚してても、同棲したっていいじゃん。みんなさぁ固く考えすぎだよ。アカツキは私が一緒にいたいと我儘言っても聞いてくれるし、夜が寂しい日なんて、こう、優しく暖かく包み込んでくれるんだよ? もう私ってば幸せ者だよねー? ん? 」


 シグレが惚気話をしている間に強盗の1人が攻撃を仕掛けてきた。黒い影のような蛇がシグレに向かって飛んできていたが


「『鬼人拳』」


 次の瞬間、シグレの右腕が人間とは思えない程、赤く太くなっていき


「『日炙り』」


 黒い影の蛇を殴り、蛇は呻き声をあげながら蒸発して消えてしまった。


「ひい!! 」

「人が話してる時に攻撃するんだ、ふーん」


 シグレから笑顔が消える。


「なら遠慮なくやろうっと、『鬼人拳』」


 今度は左腕が右腕と同じように変化していく。


「『影打ち』」


 シグレの左腕が黒く唸り出すと、そのまま強盗の1人に伸びた。


「あっ」


 何かしようとする前にシグレの攻撃が直撃した。シグレの攻撃が速過ぎたのか、それとも防ぎきれなかったのかは不明だが、跡形も無く消えたことは確かだった。


「……」


 そのことが巫子代にとってどういう意味かは分かっている。


「ありゃりゃ、加減できなかったのかな? うーん、強そうと思ったのが間違いだったかなぁ。困った困った。これだと捕縛が逆に難しいな」


 先程から逃亡も反撃もしない強盗達にシグレは困り果ててしまう。逃げないのはいいことだが、シグレは別の問題も考えていた。


(自我呆然になってる人はいないと思うけど、うーん)


「い、命乞いしても恥ずかしくないよ。うっかり1人殺しちゃったけど。鬼人拳を解いてあげるから、『解除』。ほーら、中学生にしか見えないかわいい女の子だよー? 犯行の動機とか、そのぅ、所属団体とか、……教えて欲しいなぁ」


 笑顔をつくってなんとか相手の緊張を解こうとする。またやりすぎてしまったのか、シグレが思った瞬間


「『陽烈閃』」


 線のような何かがシグレの頬をかすめた。そしてその何かは、シグレの目の前の強盗の額を撃ち抜いたようだ。シグレと残りの1人の強盗を残して蒸発していく。そんな中、扉の前に新たに数名現れる。


「なんで、四大巫子代がいる? ここは自分達が先だ」

「うーん? 誰? 」

「……アヅマ様の部下とだけ言っておく」

「アヅマの部下……あっ、そういうこと!? もしかして私、横取りしちゃってた? 」

「だったらなんだ! 」


 大声を出した巫子代は先程の強盗とは違い、シグレに臆することなく弓の弦を引き伸ばした。


(何の弓だろう? まあいいや)「『鬼人拳・たま喰らい』」

(右からか。だがこの距離なら…ん!? )

「『赤色せきしょく棍棒』」

「がはっ!!? 」


 弦を引き離す前に、シグレの右手から出てきた棍棒に横腹が直撃してしまった。建物の壁に激突するまで強く吹き飛ばされ、激痛でうなだれてしまったようだ。残りの2人も各々の武器を携えてシグレに戦闘の意思を見せる。


「ちょ、ちょっと!? 今のは正当防衛でしょ!? 霊の力だから死んでないよ!? んもう、骨が数本折れただけじゃん。骨くらい再生でどうにでもなるよねー? 」


 シグレの必死(?)の叫びも相手には届かない。


「……報酬はあなた達に全て渡すから、横取り紛いのことをしたのは謝るからさぁ」

「そういうことを言いたいわけではない」

「もう訳分かんないなぁ! あっ、『死兆星』」

「あっ!? 」


 言い争いの間に逃げようとする強盗だったが、それを見逃さなかったシグレに足止めをされてしまった。シグレの放ったか細い閃光は強盗の両足に2本ずつ刺さる。刺さった衝撃か痛みなのか、強盗の足は止まってしまいそのまま前に倒れてしまった。


「強盗さん、逃げようとしても無駄だよ。これ、動けなくする技だから」

「嫌、来ないで……」


 ゆっくり近づいていくシグレから逃げようにも上半身をもぞもぞしているだけで下半身が全く動いていない。


「瞬身! 瞬身! なんで動かないの!!? 」

「うーん、あんまりやるとあなたの上半身か肉体そのものが取れちゃうよ? あっでも背中から玉を撃って私の技を解くことならできるかも」

「……!! 」


 あまりにも必死なのか、シグレの言葉を疑うことなく攻撃を始め出す。


「『大陽玉』! 」

「『鬼人拳・日炙り』」

「あぁ……」


 強盗が最後の抵抗として出そうとしていた大きな火の玉は、シグレの異形の掌によって虚しくも希望と共に砕け散った。


「嫌だ、死にたくない……! 」

「えー、私はあくまで自白するまで問い詰めるだけだけど、あの人達は本当に殺しちゃうかも」

「ひぃ……!? 」


 強盗は激しく震え、目には涙が溢れていく。


「おっ、おい!? 何勝手なこと言ってんだ! 」

「あっ、邪魔しないでね」

「ぐっ!? 」


 勝手なことを言われて反論してくるアヅマの部下に、シグレは顔を向けて短くも強い気迫で静止させる。アヅマの部下を黙らせると、強盗に再度振り向き


「まず、名前と所属先を教えて? 」

「だっ誰が教えて……」

「『骨砕き』」


 シグレのデコピンが強盗の脇腹に軽く当たる。その見た目とは裏腹に物が割れた音が建物中に響く。


「ああああああ!!!? 」


 強盗の強烈な悲鳴音が後から響き渡る。シグレはそんな強盗の様子なの全く気にも止めない。今度は手を強盗にかざすと


「痛いの痛いの飛んでいけ〜、『生癒』」

「ああ……」


 強盗は混乱していた。

 なぜなら、拷問をしている者をわざわざ治す必要があるのか? 疑問を考えるよりも先にシグレの質問が飛んできた。


「お金を盗んだのはなんで? エッチなお店に行きたいとかそういうのじゃないよね〜? 」

「それは」

「まあ口座凍結されてるから強盗とか裏のお仕事しないと行けなくなったんだよね? それでどこの所属団体かな? 」

「いや、いや……」

(うーん、困ったなぁ。恐怖で答えられなくなってる)


 シグレは数秒考えた後にポケットから何かを取り出した。その何かを強盗に見せる。ところが、強盗は不思議そうな目でシグレを見つめ始めた。


「これね、『アカツキ大好きクラブ』のメンバーカードなんだぁ。いいでしょ? それでね、入会者にはこのカードをあげてるんだ。これあげるから、痛いことはしないし命の保証もしてあげる。はい」


 シグレは強盗の手にカードを無理矢理握らせる。持ったことを確認すると笑顔で


「それとICチップが入ってるから追跡できちゃうし、なんなら無くしても私が届けにこの世のどこにでも来てあげるから安心して持っててね」


 安心できるのか全く分からないことをシグレに言われ、強盗は胸に握り締めてうずくまった。シグレは強盗に抵抗や逃亡の意思が無いと判断し『死兆星』を解いた。その一部始終を見ていたアヅマの部下達は唖然としていた。


「これが巫子代のやることなのか……? いっ、意味が分からない」

「四大巫子代と言えど、自分達と同じ巫子代なのか? あれではまるで」

「なんだぁ、シグレの悪口かぁ? 」


 突然の声に部下がびっくりした。


「アヅマ様申し訳ございません! 同じ四大巫子代に対して失礼なことを」

「あっ? そういう御託はいらねえから。……俺が来ても何もすることねえな、こりゃ」


 後から来たアヅマは建物の中を見ると、惨状と呼べるものがそこには広がっていた。


「あー派手にやったんだなぁ。もしかしてしなくても全部シグレがやったろ? 」

「はい」

「んまあ、そうだろうな」

「あっ、えっと、それと例の犯罪集団は三人でしたが、二人は死亡、一人は捕縛という結果です」

「ふーん、ならこっちはなんで一人負傷してんだ」

「それは」

「どうせ、シグレに喧嘩売って殴り飛ばされたんだろ。お前らのことだからそう思うぜ」


 アヅマは、冷や汗をかいている部下を見ずに周りを見回しながら冷静に状況を読み取って行った。シグレに目をやると、シグレはしゃがみ込んで捕縛されてるであろう強盗と思しき女性の頭を撫でている。

 どうしてそうなったかは、アヅマは一部始終を一切見なくても分かる。その結果が全てを物語っていた。シグレが戦うと度々こういうことが起こる。そしてそのシグレ本人の感情きもちもアヅマはある程度知っているしアカツキから何度か聞いたことはあった。だからこそ、例え最初から見ていたとしても部下のような気持ちにはならない。

 新しい足音が建物の外から響く。軽快というよりは、遅れを取り戻すかのような急ぎ足である。


「アヅマセンパイ! あたしを置いていくなんてマジ冷たいー。あっ、ルリセンパイじゃん、うぃーす! 」


 遅れてやってきたヤタが、元気一杯にアヅマ達の方へ駆け寄る。しかし、ヤタの姿を見て部下達は不機嫌になる。


「ちっ、裏切り者がシグレ様を旧名で呼ぶなんて」

「おっ? 今度はヤタの悪口か? おい」

「いっ、いえ…」


 アヅマと部下達のやりとりとはよそに、シグレは駆け寄って来るヤタに元気よく腕を振る。


「ヤタちゃん久しぶりー! って数日前に会ってたね」

「もう、センパイってばそれどういうこと〜? 」

「やーん、旧名で呼んじゃう悪い子なんて忘れちゃうぞー」

「えー、あたし困っちゃうからシグレセンパイって、呼び直しちゃおーっと」

「ヤタちゃん分かってるぅー! 」

「……なんだこれ」


 人としてもしょうもない2人の会話にアヅマが半ば呆れてしまう。ヤタは「センパイ、ノリ悪い〜」と言い、シグレも悪ノリで「アヅマってば、そんなにノリ悪いとヤタちゃん取られちゃうよ〜? 」と言い出す始末。部下の嫌悪感と悪ノリの2人という相反する空気に辟易しそうになっていく。


「はぁー、つまんねえ話するならぶん殴って帰るところだけど、そういう訳にいかねえのになぁ」

「話? あっ、アヅマ、遂にヤタちゃんを自分の女にする宣言を!? きゃー、今日の晩ご飯はお赤飯だね! 」

「お前、ふざけてねえと気が済まねえのか? 」

「ごめんごめん」


 アヅマは、ヤタが「公然の関係じゃん」と小声で言っていたのを聞こえない振りをしつつも気が滅入っていく。シグレは流石におふざけが過ぎたと思ったので気持ちを切り替えていった。


「それで私に何か用? 電話とかじゃダメなの? 」

「あー、まあ、そうだな……」


 電話の事を完全に抜けていたんだと思っていると丁度いいタイミングでシグレのスマホから電話が鳴り出した。着信画面を見ると相手はアカツキだった。


「もしもし、あ・な・たぁ。今夜はね、しっとりとしたのがー、えっ? 魂引き抜き事件が解決したの!? やったぁ、あっ、うん。そっか、明日、行くんだね。うん、分かった」

「おい、今アカツキと電話してんのか? 」

「もう! 私とアカツキの営みを邪魔しないで! 」


 アカツキとの電話を邪魔されて怒るシグレに、アヅマは「あー、悪い……」と小さく謝った。シグレの最後の言葉がおかしかったものの邪魔できる雰囲気でもなかった。

 一方のシグレは一通りアカツキと話を終えて切ろうとしていたが


「えっ? 誰ってアヅマとヤタちゃんとかいるけど? うん。代わるの? 分かった、はい」


 アヅマにスマホを渡す。アヅマは、シグレが深刻しそうな雰囲気だった割にあっさり渡されて困惑したが電話を取る。


「おう、代わったぜ」

『アヅマよ、そんなにわらわに言いたい用件なのかのぅ』

「そうだぜ」


 その返事だけでもアカツキにはよく伝わった。


『ふむ、わらわ達は明日県庁に行かねばならん。それでも』

「俺も明日、県庁に行く」


 アヅマは一息ついてから


「夜影から独立の申請をしに行く」


 その言葉に電話越しのアカツキはもちろんのこと、シグレやヤタさえも驚きを隠せなかった。

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ヤカゲミコシロ記 天宮ユウキ @amamiya1yuuki

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