第11話 緋の審判:巫子代の儀
アカツキ、撫瀬、葵、アカネの4人はアカツキの家に集まっていた。
今回の事件の犯人の1人である天輝は連行という形で来ている。一階の居間にある大きなテーブルを囲うように各々が座っていた。それぞれが沈黙を貫いていたが、突然の来訪者によって破られる。
「ういっすー。……あっー、本当に真剣なやつだったんかー」
「そうと言っておるのじゃ。ただ、わざわざ来てくれてすまんのぅ『シンミ』よ」
シンミと呼ばれた女性は手に持っているカメラを胸から下に降ろし、アカツキに笑顔で答える。
「何を言ってるんだ。シグレの元嫁さんが来てくれって言うなら仕事をすっぽかしてでも来てやるよ」
「いや、仕事はしてから来るのじゃ」
シンミはアカツキと軽くやりとりをして居間に座ろうとした時、見知らぬ存在に気づいた。
「ん? 1人は履歴書で見た……三門葵で、そこの2人は? 」
「葵さんの隣の方は平野撫瀬さん、そしてもう1人は大供天輝さん」
アカネが代わりに答える。シンミはその発言で自分が呼ばれた理由が分かった。
「はいはい、なるほどなるほど。あーそういえば、アカツキとアカネが一般人を護衛すると言ってたな。まあそこの3人方、そう固くなるなよ。そこのロリおばあちゃんのプニプニお肌も硬くなっちゃうぜ? 」
「シンミさん! そういうおふざけをしてる場合じゃ」
アカネの怒声を手を添えて止める。
「分かってる分かってる。あたしも一応話は聞いてる。そこにいる三門葵が件の連続殺人のことで示談しようってことだろ? 」
「そういうことじゃ。シンミよ、そこの3人に自己紹介するのじゃ」
「はーい」
アカツキに言われたシンミは軽く返事して、咳で一呼吸置く。
「あたしはシンミ。司法を取り扱ってる夜影の巫子代ってところか。まあ普段は岡山県の地方裁判所で働いてるけど」
「えっ、巫子代って裁判官できるの!? 」
「いや、あんたと同じ塾講師の私がいるのにそれ言うの? 」
「あっ、そっか……」
撫瀬は巫子代が普通の仕事につけることに驚きが隠せなかった。しかし、彼女が知っている巫子代は葵を含めて3人しかおらず、またアカツキとシグレが異色過ぎて一般的なイメージを図るのは不可能である。葵の指摘で気づき少し冷静さを取り戻した。そんな2人を見てシンミは再度口を開く。
「まあ表だってはできないけど免許なら貰えるし、なんならそこの堅物ちゃんは警察官だぜ? 」
「堅物ってなんですか! 真面目って言うんです」
「いや、ムッツリスケベか。この間、アカツキのブルマエプロンとスク水エプロンの写真をシグレから受け取っていたな」
「なっ!? 」
「これ、変な話で盛り上がるでない。……そういえば、アカネもまだ撫瀬と葵に会ってなかったのぅ」
アカツキは冷静そうにアカネに話を振っているものの、顔が少し赤くなっていた。一方のアカネはシンミに反論しかけたが、自己紹介をしないといけなくなったので一旦やめることにした。
「私は忍派の巫子代、アカネです。普段は取り調べがメインの仕事の警察官です。他の巫子代の皆さんからは調査班と呼ばれています」
「忍派の巫子代がなんでここに……? 」
「そりゃあもちろんロリコンだから、痛っ!? 」
酷い話の遮られ方をしたシンミに対して平手打ちで止めさせる。
「宗派であっても巫子代には住む自由はありますよ。忍派を裏切ったわけでもありません。あくまでアカツキさんのサポートのためですよ」
(素直にドスケベロリおばあちゃんに惹かれたって言えばいいのに……)
口に出せば今度は鉄拳が飛びそうだったので言うのをやめたシンミだった。2人のやり取りがまた冗長になるのも埒があかないので、アカツキは口を開けて無理やり進める。
「まあこんなところかのぅ。今回の話だが、シンミよ。大供天輝をどうするのじゃ」
「うーん、普通に考えて連続殺人を犯してる時点で死刑はあるんじゃない? まあ事実ならさ。……ところでさぁ君、魂を引っこ抜いたり、そのまま人を食べちゃったりしてない?」
「えっ、えっと……はい」
天輝はどう答えたらいいのか分からなかった。事実、分からないまま魂を引っこ抜いたり、人を食べていたりしていた。
「じゃあもう一個聞くね。君の力、誰かに教えてもらったりとかした?」
「えっと、その、分かりません。少なくとも自分でできるようになってました、本当です……! 」
天輝の言葉で、何かを察したシンミはやってしまったと言わんばかりの表情で
「あー、これは
「ミコアラズ? 」
またしても聞いたことのない言葉に思わず反応した撫瀬に対し、シンミは簡単に説明する。
「撫瀬って言うんだっけ、あんた? 巫子代は本来、魂を別の肉体に移し替えることでなる。これを主に夜影では巫子代の儀と呼んでるんだけど、それをしないで巫子代の同じような状態になってしまった奴らを巫子非と呼んでる」
「えっ? 魂を移し替えなくてもできる? それがどういう違いになるの? 」
「撫瀬、これは決定的に違うぞ。この巫子非は巫子代の知識も常識も無い一般人がほとんど占めている。この意味が分かるか、大供天輝よ? 」
再度、自分のことを言われても言葉が出ない天輝に構わずシンミは続けて話す。
「早い話、素人に凶器持たせるのと同じってわけ。しかも発生条件がタチが悪い」
「た、タチが悪い……? 」
「あんたは弟をこの世に蘇らせようとしたみたいだな」
「はい」
「つまり、精神的ショック、特に人の死を遭遇することで巫子非になることが多いんだよ」
「!? 」
その言葉でようやく天輝は理解できた。なぜなら、あの不思議な力が使えるようになったのは、弟である清が交通事故で亡くなった後だったからだ。
『お姉ちゃん! 』
『き、清……? 』
『危ない!! 』
『えっ? 』
自分の胸を押した弟の両手の感覚と弟を殺した鉄の音、その日から自分には何もなくなった。その引き換えとして得た不思議な力。その力でまずは自分をいじめていた同級生に死を与えた。それからは弟を蘇らせるために夜な夜な意味もなく試していた。
「弟のためにしたことはただの人殺し……」
「まあ、一般論や巫子代の世界の話してもしょうがない。そのために三門さんが示談しようって話でしょ? 」
「ええ」
葵は緊張で固まりだす。しかしここで言わなければ示談の意味がない。
「私がお願いしたいことは、大供さんを夜影の巫子代に入れて欲しいことです」
「ほう」
アカツキは感心しつつも
「なら、理由を話すのじゃ。何人もの魂を喰らい、撫瀬を巫子代にしてしまった者を庇うやような真似をするを理由をのぅ」
葵はアカツキの気迫に押されつつも口を開く。
「私、東京で巫子代の見習いしていた時から考えていたことがあるんです」
「ふむ」
「巫子非は本当に生きてはいけないのか? ということです」
「ほう、それは面白いのう」
「東京では、巫子非は誰であっても殺すべきだと教えられてきました。実際、悪事に手を染める人、力を悪用する人は何人も見てきてました。けれど……何が良いか悪いか分からないまま、死に行く巫子非達を見てると、簡単に悪と断じていいのか分からないんです」
「……」
「悪い人は悪い人です。ですが悪い人を裁くのは良い人なんでしょうか? 2000年という長い年月をアカツキさんだからこそ聞きたいのです」
「葵さん……」
葵の言葉にアカネは胸を締めつけられる思いでいっぱいになった。アカツキとシンミは笑うことも怒ることもなく、ただ真剣に言葉を受け止める。少しばかりの静寂が周りを覆う。
「巫子代も巫子非も善も悪もない。いや違うのぅ、どっちにもでもなれるのじゃ。悪に堕ちた者が温羅と呼ばれるだけのこと。葵よ、温羅を裁くのは巫子代かもしれんが、巫子代として生きるのか温羅として生きるのかは、天輝が決めることじゃないかのぅ」
アカツキが天輝を横目で見ると、天輝は動揺しているのか激しく震えていた。
「私、人を……殺して……」
精一杯絞り出した声に場は静まり帰ろうとしていた。
そんな沈黙を破る者がいた。
「天輝ちゃんはただ、弟さんをを助けたかったんだよね? 」
撫瀬の突然の発言に一同が驚きを隠せなかった。そもそも撫瀬は天輝が弟の復活の為に魂を抜かれてしまったのである。
「……やり方は間違っていたかもしれない。だけど、弟さんを助けたい気持ちは本当なんどよね? なら」
「人を……殺した罪は消えない。それを、分かってるの? 」
天輝が小さい声ながらも反論する。それでも撫瀬は言葉を止めない。
「それでもやっぱり巫子代になるべきだよ。天輝ちゃんだからこそ理解し合える人が出てくるかもしれない。痛みや辛さが分からなかったり分かろうとしないんじゃ、いつまで経っても同じ事の繰り返しになっちゃうんだよ。それじゃあ、悪い人と何も変わらないよ! 」
撫瀬の涙ぐんだ声が静かな部屋に響き渡る。天輝は罪に打ちひしがれながらももう一度言葉を絞り出す。
「私ね、自分をいじめてた人達を殺すのに、この力を使ったんだ」
「うん」
「でも。それがしたかったことじゃない事にも気づいてね」
「うん」
「弟がいたらそれでよかったって分かったの」
「うん」
「……けどそれも間違っていることに気づいたの」
「やってたことが間違ってただけじゃ」
「えっ? 」
突然のアカツキの言葉に撫瀬と天輝は驚きを隠せなかった。
「聞けば天輝よ、お主は弟に会いたい、そうであろう? 」
アカツキが立ち上がり天輝に寄っていく。そして、天輝の目の前に近づくと手を差し出した。
「天輝、すまんがわらわの手を握ってくれぬかのぅ」
「どっ、どういう」
「まあいいから握るのじゃ」
押し通された天輝は恐る恐るアカツキの手を握りしめる。数秒間、手を握られたアカツキは
「そろそろじゃ、『黄泉還り』」
すると床が強く光照り出し、下から何かが出てきた。
「これは簡単に言えば、死んだ者の魂を一時的に現世に呼び出すものじゃ。今呼んだのは」
「『清』……」
何かに気づいた天輝は肩が震えていき目に涙を浮かべていた。その何かは天輝の弟である大供清であった。天輝は霊であるの清に飛びついて泣きじゃくった。
「お姉ちゃん……」
「清、会いたかった。会いたかったよぉ……! 」
「お姉ちゃん、おれ車にひかれて死んじゃって」
「うん、うん」
「感動の再会のところ悪いが、話しておかないといけない事があるのじゃ」
天輝と清の2人が喜びに浸る前にアカツキは割って入り説明を始めた。
「これはあくまであの世に行った魂、お主の弟を現世に呼び戻しただけじゃ。効力が切れたり、再度霊体が殺されるとまたあの世に戻ってしまうのじゃ。それは分かるかのぅ? 」
「はい……」
「お主が弟をイメージすれば、再度呼び戻すことは可能じゃ」
「えっ、それじゃあ」
「だからのぅ天輝よ、巫子代になってくれんかのぅ? 」
「えっ、ええっ!!? 」
驚いたのは天輝だけではなかった。撫瀬や葵も同様に驚いていた。
「アカツキさん、それはどういう」
「葵よ、わらわに示談を持ち掛けるのはいいが結論を聞いてからの方が良かったのぅ」
「ですけど、東京では巫子非は必ず殺さないといけないと言われていたのでつい……」
「はぁ、まあよい。天輝の返事次第でどうするか決めるとアカネには話していたからのぅ」
「そうなんですか。でもシンミさんは『普通なら死刑』と言ってて」
「あっ? そりゃあ巫子代じゃなかったらそう言うでしょ。はっきり言ってここまで来ると巫子代の世界基準になるよ」
「えっ、ええ……」
困惑の表情が隠し切れない葵だったが、その表情を見てシンミは少し真剣な顔になる。
「まあ、問答無用で殺すというのはなくは無い。救いようがないからの話だけどさ。で、弟君と再会できた天輝、お前はどうする。キチンと会える手段は教えた。それでもまだ殺すか? 」
「……殺す必要はなくなりました。ですけど、人を殺した事は……」
選択肢を与えられてもなお罰が悪そうに考える天輝にアカツキはある提案を思いつく。
「なら、こういうのはどうかのぅ。殺した罪を償うなら巫子代として生きる、それならよかろう。それにお主のような人間も必要なんじゃ」
「私みたいな? 」
「そうじゃ。撫瀬と同じだが、お主のような失ったものの気持ちが分かるだからこそじゃ。……ダメかのぅ? 」
「私が必要・・・」
「うむ、そのことがきっとどこかで大事になってくることがある。わらわはそう信じておる。それに、わらわも分かるのじゃ。家族を失ったものの気持ちが」
「あぁ、ううぅ……」
天輝は声にならない唸り声を上げて霊体の清を抱きしめながら泣きじゃくった。
霊体が消え、天輝が泣き終わったところで、アカツキが口を開く。
「よし、天輝よ、これから巫子代の儀を始めるかのぅ」
「巫子代の儀……? 」
聞き慣れない言葉に困惑する天輝に対して、アカツキは丁寧に説明を始める。
「巫子代の儀は、平たく言えば肉体に固定されている魂を一度外すことなのじゃ。そうじゃのぅ、お主が撫瀬にやったことをするのじゃ」
「えっ、でも死体はないけど」
「死体は無くとも生身の人間でもよい。わらわの体に一瞬だけ入れて戻す。たったそれだけのことじゃ」
「それって生きてる人間でも大丈夫なの? 」
撫瀬は思わず、アカツキに疑問を投げてしまった。撫瀬自身は死体に魂を移されていた為、生身の人間でいいのか心配になった。
「そもそも、巫子代の儀もとい、魂を移す行為は死体でも生身でも同じなのじゃ。ただ、動かすのが面倒になるのが生身の方じゃ。長く別の魂を入れてしまうと魂の乗っ取り合いが起こるが、一瞬なら問題ない。そうじゃ、撫瀬も巫子代の儀をするのじゃ」
「えっ、でも私はもう……」
「成り行きでなってしまうより改めてやった方がお主もすっきりするであろう」
引き下がろうとする撫瀬に対して、アカツキは遠慮なく手を引っ張る。撫瀬と天輝を両隣に座らせたところで
「よし、始めるのじゃ。『霊身分離』」
少し体の内側から引っ張られる感じがした瞬間、二人の肉体から魂が引き剥がされる。それは足が地上から離れたような、しかし肉体は肉塊となってアカツキに寄りかかるように倒れている。魂だけになった二人が目にしたのは不自然なくらい変わらない景色と引き剥がされたことが分かる事実だった。二人が呆然としていると
「それは死後硬直と同じような状態じゃ。心配するでない。それよりも、わらわの体の中にお主らの魂を入れるのじゃ」
「えっ、ちょっとまっ」
二人に有無を言わさずアカツキは自分の肉体に二人の魂を入れる。魂の動かし方が分からない二人は抵抗することも出来ず、アカツキに掴まれるまま、体に入り込まれた。
(……これがアカツキちゃんの体の中? )
アカツキの体に取り込まれた二人は周囲を見回したが真っ暗で何も見えなかった。しかし、不思議なことに温かさだけはしっかりと感じることができた。
「あんまり長くいると、お主らが取り込まれてしまうからそろそろ出すのじゃ」
アカツキはそう言うと体から二人の魂を元の肉体に戻した。元の体に戻った二人は先程までの出来事が嘘のように感じていた。二人の体が動くようになるとアカツキは
「ほれ、これで『巫子代の儀』は終わりじゃ。お疲れなのじゃ二人とも」
「えっこれで終わり? 魂を動かしただけだよね?」
「うむ、それだけじゃ。だが、これでお主らは本当の意味で『人間』ではなく『巫子代』になったじゃ。普通に死ねなくなってるからのぅ」
「う、うん」
撫瀬は改めて人間としての生が終わったのだと自覚した。
「あっ」
天輝がふと撫瀬を見ると彼女の目から涙が溢れていた。
「そっか、私死んだんだ。で、でも魂は、生きてるからセーフ、だよね? 」
撫瀬は虚勢を張るものの、体の震えが止まらない。気持ちが現実を受け切れないでいると
「怖いよのぅ。自分が自分でなくなったと思ったら」
アカツキは自身の小さな体で撫瀬を抱きしめる。優しく肩を叩き、あやしていく。
「私、これからずっと生きるんだよね? 」
「そうじゃ。巫子代は魂がある限り、100年も1000年でもずっと生きられる」
「……そんなに長く生きたら、私、独りになっちゃう」
「大丈夫じゃ。葵がいるし、わらわやシグレ達もいる。天輝だっているから独りじゃないのじゃ」
アカツキの包み込むような優しい声が撫瀬の不安や恐怖を取り払っていく。しばらくは撫瀬の嗚咽が止まらなかった。
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