第10話 過ち

葵は誰かの部屋にいたことに気がついた。体を動かすことはできなかったが、狭さを感じた。おそらく、一般のマンションやアパートの一室程度の広さの空間なんだろうと思った。


「どこよ、ここ?」

「私の部屋だよ」


葵の質問に女性が答える。葵は答えた女性を確認してから撫瀬の方を見る。撫瀬は意識が戻っていないものの、動くことなく倒れていたので瘴気が解かれたように見えた。


「単刀直入に聞くけど、貴女は誰? 何が目的なの?」

「・・・私は大供天輝だいくあまき

「だいく、あまき・・・」

「目的は、冷蔵庫の中を見れば、分かるわ」

「冷蔵庫?」


葵が冷蔵庫の方に視線を向ける。一人暮らしなのかは知らないが、少しだけ大きいサイズの冷蔵庫だった。そして、冷蔵庫に注意を向けているとあることに気づいた。


「・・・何、この臭い」


冷蔵庫から異臭が放っていた。しかもそれは葵にとって何度か嗅いだことのある臭いだ。


「これって・・・」


葵が次の言葉を言おうとした瞬間、天輝が冷蔵庫の大きい所の戸を開けた。


「目的はこれよ」


天輝が見せたそれは


「し、死体・・・」

「驚いた? あなたが何者かは知らないけど、この死体に関係あることよ」

「死体に関係ある・・・?」(これで何ができるの?)


葵は天輝が何を言ってるのか理解できなかった。たとえ、天輝のような事例を思い出せたとしても、それは不可能なことだった。いや、巫子代として当たり前のこと過ぎてそんなことは考えもしなかった。


「分からないなら分からないでいいわ」


天輝はそう言うと死体を慎重に冷蔵庫から引きずり出し始めた。死体は完全に死期硬直してしまっており、腐敗臭もしていた。そんな死体を天輝は大切なもののように扱った。


「・・・失礼なことを聞くけど、それはあなたの家族か誰かなの?」

「『それ』じゃないわ! この子はきよし私の弟よ」


天輝は葵を初めて睨みつけた。死体は天輝の弟だった。140センチくらいの大きさなので、小学生くらいだろうかと葵が見ていると

天輝が死体に向かって語りだす。


「清、待っててね。今すぐにでも生き返らせてあげるから」

「!? ・・・なるほどそういうことね」

「・・・あなた、冷静ね。今からこのひとの命が奪われるというのに」

「呪いで動けないんじゃどうしようもないわ」


葵は呪いが解けていないか体を動かして確認を取りつつも、天輝が荒げないよう言葉を選ぶ。


「ねぇ、大供さん」

「何? 言っておくけど、私は説得をされてもやめないわよ?」

「それもそうね。それより、聞きたいことがあるんだけどいいかしら?」

「今更・・・? 何よ」

「あなた、弟さんの仏壇かそれっぽい写真立てはあるの? 私今、頭を動かせないから見えないのよ」

「そんなことを聞くの? 隣の部屋に写真立てがあって、毎日かわいい弟に手を合わせているわ。誰だって死んだ人に手を合わせるものでしょ?」

「そうね、ありがとう」


(なるほど、確信したわ)


天輝は変なことを聞かれた気持ちになっていたが、葵にとってはとても大事なことであった。そう、巫子代という存在においては重要なことである。


(本当は撫瀬を助けたい、だけど・・・)


今は呪いで体を動かすことができないのはすごく悔しい、葵はそう思いながらも天輝を見ることしかできなかった。天輝は葵がこれ以上聞きそうにないと考えると、撫瀬に向けて手を差し出した。


「あっ! 」

「じゃあね。『魂を引っこ抜かれて』」


次の瞬間、撫瀬の身体から霊が出来てきた。それは撫瀬の姿をした魂だった。撫瀬の『元の』肉体は魂が抜けると力無く倒れてしまったいた。魂だけになった撫瀬は、まだ意識が戻っていないのか、目は閉じたままになっていた。天輝は撫瀬の魂を掴んで、死体の方へ入れ始める。


「魂よ入れ」


撫瀬の魂は何事もなく、死体に入っていった。葵はただただ見ることしかできなかった。天輝はやり切った顔で死体を見ていた。すると、死体が意識を取り戻したかのように震え出した。


「撫瀬! 」

「死体に呼びかけても無駄よ」


しかし、葵が呼びかけたのは撫瀬であり、天輝の弟である清のことではなかった。死体がかたかたと震えながらわずかに開く口で答える。

「・・・葵? なんか周りが暗くて見えないよ。それにここどこ? 怖いよ」

「清・・・? お姉ちゃんだよ?」

「きよし? 私は撫瀬だよ? あなたは誰? 」


天輝は誘拐した女の魂が清に宿っていることに困惑してしまった。魂の移し替えて成功したと思ったばかりに余計に分からなくなる。葵が冷静に真実を告げる。


「大供さん、あなたがやったのはそこの女、撫瀬の魂を、成仏して肉体しか残っていない弟さんの体に入れ替えただけよ。・・・申し訳ないけど、弟さんは生き返らないわ」

「嘘、嘘だ・・・! 嘘に決まって」

「あなた、さっき手を合わせているって言ったじゃない? 死体にそれをしたら、もう魂はあの世に行ってしまうの」

「えっ? えっ? 」

「だから、あなたがいままで弟さんの為にやってきたことは全て無駄だったのよ。弟さん自体はもう蘇らないわ」


「い、いやあああ!! 」


天輝は葵の受け入れ難い言葉に発狂した。葵は不味いと思いつつも体が動けるか確認していた。


(!? よし! )


体が動けると確信した瞬間、すかさず人差し指から小さな球を創りだした。


「『ケミカルボム』! 」

「!? 」


小さな球を射出し、発狂したまま動かない天輝に当てる。当たった衝撃で天輝は初めて葵の呪いが解けていたことに気づいた。しかし、それよりも体に急な違和感を感じた。


「うっ!? 」


天輝は台所に走りだし、流し台で激しく嘔吐する。嘔吐以外に体中の痺れや震え、眩暈も感じていた。天輝が動けない内に葵は死体に魂が移っている撫瀬の魂の様子を見た。特に魂が傷ついた様子はなく、単純に死体に魂を移し替えられていただけだった。そのことを確認すると、再び撫瀬に声をかける。


「撫瀬、今助けるから」

「助ける? どういうこと? 説明して?」

「後で説明するから、ごめん待ってて」


葵は死体に手をかざす。


「『霊身分離』」


撫瀬の魂かが死体から出てきた。


「うわっ!? 何これ? えっ、私? 私の体がある・・・」


撫瀬は初めて自分の状態を認識した。自分の本来ある体が離れている。そのことに気づいて葵に聞こうとしたが


「すぐ入れるから後よ」


葵が撫瀬の掴み、撫瀬の元の肉体に入れ込んだ。元の肉体に還った撫瀬は目を開けてゆっくり立ち上がる。そして、台所で朦朧としながらも吐き続けていた天輝にようやく気がつく。


「あっ! あの人、具合が悪そうだよ! 助けなきゃ」

「そうね。一応あんたを助けたし、そろそろ治してもいいわね。『解毒』」


葵が天輝に手をかざして、天輝の体内にある毒を消していく。天輝は体内の毒が消えたのか、疲弊しつつもゆっくりと呼吸を整える。


「あんたのもついでにしておくわ、『解毒』」

「えっ、でも私の瘴気を誰がつけたのか見つけないと・・・」

「そんなこと言ってられなくなったわ」

「それってどういうこと?」


まだ、自分がどういう状況になっているのか理解できていない撫瀬に対して、葵は淡々と説明を始める。


「この人は大供天輝、あんたを攫って殺したのよ」


この言葉に撫瀬だけでなく、天輝さえも驚きか隠せなかった。


「ちょ、ちょっと待って! !? ! 」

「その魂の行き来が巫子代としては大問題よ」

「だ、大問題・・・? 」


撫瀬は葵の言う問題が分からなかった。葵は「遅かった」と後悔しながら言葉を続ける。


「大供さん」

「は、はい・・・」

「あなたがこの人にやったことは、弟さんの復活の為の生贄にしたのではありません」

「・・・」

「あなたは巫子代をきちんと分かっていないにも関わらず、この人を、撫瀬を・・・巫子代にしてしまったのです」

「み、巫子代に、私が!? 」


自分がまさか巫子代になるとは思っていなかった撫瀬は死んだこと以上に衝撃的だった。一方の天輝は、葵の言っていることが途中から理解できなかった。


「撫瀬、この前居酒屋で話したこと覚えてる?」

「う、うん。覚えてる。確か死に方についてはまた今度って言ったのも覚えてる」

「そうね。その死に方なんだけど、身内や友達が死んだらあんたはどうする?」

「ええっと、そ、葬式をする・・・かな?」

「そうよね。葬式して、死んだ人を弔うわよね。それが魂の死よ」

「魂の死・・・えっ、でも体が死ぬだけなら魂を別の肉体に移しちゃっても大丈夫なの?」


いまいち理解できてるかどうか不安だった撫瀬だったが、葵はその言葉に対して理解できたと感じた。


「通常、生命は魂と肉体が一緒になって誕生するの。喩えで言うなら生命はコップに水が入った状態なの。そして大供さんがやったのはコップに入った水を別のコップに移し替えてしまったのよ。こうなると、魂は自由を得てしまって肉体を失っても別の肉体に移り変えられるようになる。これが私たち巫子代であり、人間とは一線離れた存在なのよ」

「人間と違う・・・」

「そうよ。それが巫子代、少なくとも一般社会では普通には生きられない」

「そんな・・・」


葵の説明に撫瀬だけでなく、天輝さえも愕然としていた。2人の様子に葵は悩んだ。しかし、天輝の絶望したと言わんばかりの表情にある事を思い出した。それは巫子代になってから考えていたことだった。


「撫瀬」

「えっ何? 」

「アカツキさんに電話しなさい」

「えっ、なんで? 何の為に」


急なことで頭が回らなくなっていた撫瀬に対して葵は言葉を続ける。


「もちろん、犯人が1人捕まえたことへの報告が・・・1つ」

「1つ? 」

「もう1つは、大供さんの示談を図ろうと思う」


葵の決意の言葉に撫瀬は押されるだけだった。

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