第9話 撫瀬防衛戦:追憶と追跡
(あの人、塾の先生だなんて、知らなかった)
女性がLMD塾に近くに待機している。しかし、撫瀬が講師であることを知らなかったので終わるまでずっと待っていた。
(あの人はいいなぁ。子どもと接することができるなんて。私は、私は・・・)
女性は自分と撫瀬を比較しだすとうつむきだしてしまった。
(家族はもういない。友達もいない。ましてや、かわいい子どもも周りにいない。・・・あの人が羨ましい)
目がだんだん虚になっていく中、突然甘い香りがした。
「あっ、あの人の匂いだ。・・・やっぱり欲しいなぁ」
女性は次第に意識が朦朧としていったがそのことに自身は気づいていなかった。
夜の7時。
撫瀬は、瘴気との恐怖に耐えながらも授業を終わらせた。撫瀬の担当は小学校低学年がメインの為、次の日の準備が早めに終わることもしばしばあった。
(明日は社会の授業だけど、まあこのくらいやってその後で確認しようかな)
仕事がひと段落したところで帰ろうと瞬間、何かから意識を失われそうな雰囲気を感じた。
(えっ? また、あの時の?)
それは撫瀬から意識を乗っとるというより、身体の自由を奪いに来たみたいだった。そして撫瀬は、その何かの正体が瘴気であることも同時に気づいた。
(またあの瘴気! いや、だけど、今日だけじゃなくて・・・)
『矢掛に行くんだよ、先生』
『へぇー、そうなんだ』
『ーーー、美味しいもの持って帰るねー』
『ありがとうね、まーーちゃん』
『先生は甘い物は好き?』
『好きだよ、ーゆーちゃん』
『そうなんだ! 』
(あの子はまゆー)
思い出す前に撫瀬の意識が、瘴気に完全に乗っ取られてしまった。
意識がなくなった撫瀬の前に少女が立っていた。
(先生を殺す前に『エメラルドゴキブリバチ毒』を全開にしとかないね。うん、先生はもう自分で動くことはできないみたい。後はわたしの思いのままにできるね)
少女は意識の無い撫瀬に笑顔を向けて
「じゃあ、なでちゃん先生、さようなら! 」
それは人を殺そうとしてるとは思えない笑顔だった。
30分後、葵が偶然にも小学生男子から授業の質問されてから、ウッキウキで戻った時には撫瀬の姿はもうなかった。
「撫瀬、あれ? 鞄もあるわね?」
すると1人の生徒が
「なでちゃん先生なら、なんかフラフラしながら外に出たよ?」
なでちゃん先生というのは撫瀬が生徒達から呼ばれてるあだ名である。生徒の言葉を聞いて、葵は最悪の状況を一瞬で頭をよぎらせた。
「・・・もしかして、声かけても反応なかった?」
「うん。いつもは小学校の女の子の声だったら、すぐに返事してたのに、さっきはしてなかった」
この言葉で全てを察し、己の甘さに後悔した。
「ごめん! 教えてくれてありがとう! 」
「あっ、先生、さようなら」
葵は生徒に不思議そうな目で見られてるのも気にせず走っていった。
外を見ても撫瀬の姿はない。しかも周りに人がいるため安易に力を使うわけにはいかない。しかし一つだけ分かったことがあった。
(撫瀬は遠くに移動していない)
そう、撫瀬の瘴気は未だに出ている。それを辿ることができるならまだ助かるかもしれない。
(こんな人混みの中でフラフラと歩くと、人気の無い所か、温羅に会ってしまう思っていたんだけど)
その理由はすぐに分かった。
(え? 誰? あの女?)
撫瀬が、知らない女性に肩を組まれて歩いていたのだ。今の撫瀬なら酔ってフラフラしてるのと間違えられてもしょうがない。しかし、その女性は辺りを見回しながら歩いていた。
(あー、これ路地裏に入りたいのね)
葵はすぐにでも陰玉を撃ち込んでやろうかと一瞬考えたが、路地裏に入ってくれるならかえって都合が良い。その方が巫子代としてはやりやすいのだ。女性が、撫瀬と一緒に路地裏に入っていった少し後に葵も入った。
「こんばんは」
「ひぇ!?」
女性は思いもしないところから声をかけられてひどく驚いた。
「貴女が誰かは知らないけど、そこの連れてる女の人を返してもらおうかしら」
「えっ、えっと・・・い、いやだ」
「・・・なら実力行使ね」
「くっ! 『幽霊さん』!! 出てきて!」
すると地上から幽霊と思しき白い人型の実体が2体出てきた。
「えっ!? 召喚!?」
「幽霊さん、そこの人を足止めして! 」
葵が驚いている間に幽霊は向かってくる。
「・・・でも霊体なら都合がいいわ。『陰玉』! 」
葵から放たれた陰玉は、幽霊に難なく当たった。幽霊は体を揺らして呆気なく消滅した。
「幽霊さんが死んじゃった!? どどどうしよう!?」
「さあ、観念しなさい」(死んだ? 召喚された幽霊はおそらく死後に戻っただけのはず。彼女はもしかして)
「・・・なっ、なら、あれだ、『藁人形』」
藁人形と釘が女性の両手に一つずつ出てきた。葵はそのテンプレのような代物を見た瞬間
「まさかのろ」
「『5分間止まって』」
葵が言う前に女性が釘を藁人形に突き刺した。すると、葵の体が硬直したまま動かなくなった。
(えっ、硬直!? 呪殺じゃなくて? でも全身が動かない)
動けない葵に対し、女性は撫瀬を抱えて近づく。
(殺される可能性もあるわ。どうしよう、これじゃあの時と同じ。私は)
「貴女、この人と同じ塾の講師だったね」
(!?)
「それに昼間、この人とおでこを当て合ってたね」
(なんでそれを。いやそんなことより)
「ズルい、ズルいよ。・・・『口だけ動かしていいよ』」
女性は藁人形に深く刺した釘を浅くした。葵は突然、口だけが開けるようになったので驚きが隠せなかった。
「ん!? 何? 口だけ動かしてどうするつもり?」
「・・・そうね、来てもらおうかしら」
女性はそう言うと葵の肩を掴み
「『お家に戻って』」
すると、3人はその場から消えてしまった。
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