第8話 撫瀬防衛戦:乱入戦

 夜の7時

 アヅマとヤタはアカツキに時間が来たと言って別れ、アカネは結界を解いていた。しかし、撫瀬にあったはずの瘴気は消えたままで不安は未だに残っている。アカネはアカツキと待機しながら、撫瀬と葵の帰りを待っていた。部外者であるため、中に入るのは本当の緊急時のみであり、新人である葵に任せる他なかった。葵から特に連絡もないので、おそらくは大丈夫であろうと考え、一息つこうとした瞬間、暗闇から突然腕が出現しアカツキの首元を掴んだ。


「なんじゃ!? くっ、不味い! 」

「アカツキさん!! 」


 アカツキの10歳の身体では振り払う力が弱く、抵抗も虚しく暗闇に引きづり込まれてしまった。アカネは助ける暇がなかったが、今は撫瀬と葵の心配をしないといけなかった。


「アカツキさん・・・! いや、あの人が簡単にやられることはないはずです」


 緊張で張り詰める中、今度は別の問題が出てきた。


 巫子代を感知した。しかし、それは葵でもアカツキでも他の誰でもない『全く知らない存在』だった。




「お主よ、なぜこのタイミングなんじゃ?」


 先程、暗闇に引きづり込まれてしまったアカツキは、その相手を見る。


「『ミホシ』よ・・・」

「いいじゃない別に。後だろうが、どうしようが私の勝手よ」

「・・・」


 ミホシと呼ばれた女性は、アカツキの悲しそうな顔つきを見るなり不機嫌になっていった。


「何よ、その顔」

「当たり前じゃ。未だに信じれんからのぅ」

「あらそう」


 ミホシはアカツキの言葉を軽くあしらうと


「じゃあ、死んでくれるかしら!! 『屠龍炎』! 」

「くっ、『陰玉・散』! 」


 ミホシが放った竜のように燃え盛る炎を、アカツキの放ったたくさんの黒い小さな玉が止めていく。炎は黒い玉と共に激しい音を立てて消滅する。ミホシは自分の技が止められたことが、分かっていたかのように余裕のある表情をした。


「お手並み拝見っていう顔をしておるのぅ、ミホシよ」

「そうね。でもね、私はもっともっと強くなるの!! 」


 アカツキはミホシから先程よりも強い気を感じた。自分に対する殺意で高めていっているのだろうか。


「これならどう!? 『天龍』! 」


 二人の上から天龍が降りてきた。天龍はアカツキに向かって急降下をしている。


「・・・そうか、ではこやつの出番じゃ。行け、『鳳凰』! 」


 アカツキの後ろが突如として朱く輝き出し、孔雀のような真っ赤な鳥、鳳凰が現れた。天龍はアカツキに急降下するのをやめ、距離を取った。


「来たわね、鳳凰。・・・いいわ、今の私なら天龍に令術が使えるわ。『龍滅砲』! 」


 ミホシの言葉と共に、天龍が口から蒼い光線を放つ。それを見たアカツキが少し感心し、


「わらわも対抗してみるかのぅ。鳳凰よ『焦がし尽くす熱風』じゃ」


 一方の鳳凰はアカツキの言葉を聞くと、大きく羽撃いて熱風を扇ぎだした。蒼い光線と熱風が激しくぶつかり合う。互いの力は五分五分といったところである。


「ふむ、これを防ぐところを見ると成長はしておるのぅ。だが、わらわはまだあるぞ。『浄火の輝き』」


 鳳凰が身体を光照らすと、蒼い光線が押されていき、天龍に照らしだす。照らされた天龍は苦痛に悶えていき消えてしまった。更に天龍と一緒にいたミホシも照らした。


「嘘っ!? きゃあ!! 」


 光を浴びたミホシは吹き飛ばされ、地面に伏してしまった。立ち上がろうにも両腕が上半身しか持ち上げてくれなかった。このままではアカツキにとどめを刺されてしまう、そうミホシは危機感を感じた。しかし、アカツキは鳳凰を還し、ミホシにゆっくり歩いて近づいてくるだけ。ただ歩いて近づいてくるアカツキにミホシは恐怖しか感じなかった。


「なんで、なんでなんでなんで! 」

「ミホシよ」

「こっちに来るな!! 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!! 」


 ミホシは錯乱状態の中、自身の両腕がやっと身体を中腰まで持ち上げてくれた。ミホシが確認しようと顔を上に向けた瞬間、アカツキに優しくぎゅっと抱きしめられた。


「・・・もう良い! 良いのじゃ! お主が苦しむ姿はもう見とうない! わらわを嫌っても構わない。だから、わらわのところに」


 しかし、抱きしめられたミホシにはアカツキの気持ちも言葉の意味も理解できなかった。

 だからこそ


 ミホシはアカツキの小さな体を突き飛ばした。


 ミホシの『その答え』が理解ったアカツキは普段からは想像できないことに、目蓋の裏に水が溜まり始めた。


「黙れ、私はあんたを許さないし恨み続ける。そして、『カグヤ様』の手足になり、あんたを殺す。今の私にはそれしかないから。帰るわ、『開放』」


 ミホシが暗闇と共に消え去る。LMD塾の屋上に戻されたアカツキは、誰もいない世界に一人取り残された気持ちになった。






 アカツキが消えた後も監視していたアカネは困惑していた。感知した巫子代の正体が小学生と思しき人物だったからだ。


(えっ? 小学生?)


 アカネが困惑するには訳があった。


(アカツキさんも身体つきこそ小学生ですけど、普通はメリットがない。なさすぎる。『変化』で小学生になることはあっても通常時は成人の姿がほとんど。なら、探るしか、無さそうですね)


 アカネは一先ず、屋上から降りることにした。次に『箱開け』で路地裏に移動し、警官の格好に『変化へんげ』した。


(しかし、本職が警察なのに正装に『変化』するって自分でもよく分からないですね。一般の警察手帳はあるから私服警察でも通りそうなのに)


 自分の真面目さにツッコミを入れながら歩いていくと、感知した巫子代らしき少女が塾から出ようとしていた。他の学生と一緒にいると安易に声をかけ辛いと感じたが、その少女は他の子とすぐに別れてしまった。しかも歩く方向が、人気の無い路地裏に行こうとしていた。


(あら、7時は回ってるとはいえ、こっちに来るとは。なんででしょうか? ちょうどいいですね。聞いてみます)


 アカネは少女が自分の横を通り過ぎる前に肩を持って


「君、ちょっといい?」

「ふぇ?」

「女の子が一人、人気の無い所に来たら危ないですよ?」(やはり、この感じは巫子代のもの! だとすれば)


 アカネが更に尋問をしようとした瞬間


「うわあああああああああ!! 」

「あっ、ちょっと! 」


 少女はアカネの話を最後まで聞かずに走り出してしまった。アカネは少女の後を追うもあることに気がついた。



(なんで『変化』を解かないのでしょうか? 子どもの姿なんて不利なはず。そもそも巫子代なら撫瀬さんと関わりの方の可能性が高いです。仕方ありませんが)

「捕まえましたよ! 」

「きゃあ!! 」


 アカネが少女の腕を掴むと、少女はしゃがみ込んでしまった。


「う、ううう・・・」

「さあ話して貰いますよ?」

「・・・たい」

「えっ?」


 アカネには良く聞こえなかったが、少女が何かを呟いたことだけは分かった。アカネはもう一度聞き取ろうとすると


「いたい、痛いよぉ」

「あっごめんね。痛かったね、ん?」(あれ? この子)


 さっきまで感じていた気が少女から感じ取れなくなっていた。アカネはダミーをつけられたと思い、落胆と同時に少女に申し訳なくなった。


「・・・君、ごめんね。お姉さんの勘違いだったみたい」

「うん」

「でも今くらいお家とお父さんお母さんの電話番号教えてくれる?」


 アカネが聞こうとした途端、温羅の気を感じとった。


「!?」

「どうしたの警察のおねえさん?」

「すみません、ちょっと目を伏せてもらっていいですか?」

「うん? こう?」

「はい、そのままでお願いしますね! 」


 アカネは少女が目を伏せていることを確認すると目の前にいる温羅を見た。


「ぐぐ、足をくれ」

「私、綺麗?」

(テケテケと口裂け女! 二体も同時なんて面倒ですが、やるしか無いです)


 アカネが温羅に向かって走り出すと温羅もゆっくりと近づいていく。


「がぁ! 」

「行きます! 『影・手裏剣』! 」


 テケテケがアカネに飛びかかるのと同時に、アカネは右腕を手刀のように振り下ろした。すると、黒い刃が数枚放たれていき、テケテケに全て刺さった。


「あなた、何者・・・?」


 テケテケが吸収されるのを見て、口裂け女は懐から大ばさみを取り出した。それを見たアカネは負け時と


「全く物騒な物を持ってますね。『陽・苦無』」


 赤く光る短刀を左手から出した。間合いが短くなった瞬間、口裂け女は大ばさみを開いた。しかし、アカネはその瞬間を待っていた。


「残念ですが、あなたの負けです。『火炎突き』!! 」


 短刀の刃先と思われるところから出た炎が口裂け女を燃え刺した。心臓を刺されたのか、はたまた完全に魂を貫かれたのか。どちらとも取れる状態になった口裂け女は蒸発して消えた。


「勝てる相手とはいえ、一般人の子どもを危険に晒したのは失態でした」


 アカネは思い出したように少女の方を振り向いたが少女はいなかった。


「・・・えっ?」


 その時、アカネのスマホから着信音が鳴った。その相手はアカツキであったが、その様子は焦っているようだった。


『アカネよ、撫瀬と葵の気配が消えていたのじゃ! 』

「嘘・・・!?」


 まさかの失踪である。

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