い能力バトルロワイヤル

滝杉こげお

“意”中の人

 首が飛んだ。

 銃声に続きネクロマンサーだった男の身体が地面に崩れ落ちる。やったのはスナイパーだ。


 そして、遠く離れた樹木の陰に身を潜め男を撃ち殺したスナイパーの少女も、忍者装束に身を包んだテレポーターの強襲により命を落とす。


 簡単に人が死んでいく。私はビルの陰に隠れ、震えながらその様子を覗き見る。




 “生き残った優勝者はなんでも一つだけ願いを叶えてもらえる”なんて、小学生ですら馬鹿らしく思う賞品を掲げたバトルロワイヤル。招待状が渡されたのは、私が病院から帰る道中でのことだった。

 全身を白で覆われた大男から何も言わずに渡された黒い封筒。中に入った手紙には会場と、私に与えられた“い能”の力の詳細が書かれていた。


 ……勘違いしないでいただきたいのは、私が“異能”の“異”の字も書けない偏差値10の人間ではないということだ。

 “い能力”。それが私達に与えられた力の名称。参加者はそれぞれ“い”を読みに持つ漢字一字を割り振られ、その漢字にちなんだ能力を与えられる。




ネクロマンサーが死んで、スナイパーが死んだ。テレパスさん。残る参加者は何人かな?」


 かけられる声により私は回想から意識を戻す。ドクターは患者を診察するような優しい口調で私に話しかけてきた。

 彼は私の同盟者。利害関係が一致するため、こうして個人戦のバトルロワイヤルを共に戦っているパートナーだ。


 私のい能力。それはテレパス。他者の脳内を読む力だ。

 私はその能力で利害が一致する同盟者を見つけ、ここまで生き残ってきた。


 思考が読めるのは顔を知っている人間だけだ。しかし私は睡眠薬を投与され半ば拉致される形で連れられたスタート位置で他の参加者全員を確認している。つまり、相手の姿が視認できていなくとも任意のタイミングで相手の思考を読むことができる。視覚情報を得ればその参加者の位置を把握できるし、死亡すれば思考が消えるため生存者の確認も可能だ。


「残りはテレポーターハイドロキネシスカイザー、そして私達二人の計五人……いや。ハイドロキネシスの思考が読めなくなったから、あと四人です」


 ハイドロキネシスを殺したのはどうやらカイザーのようだ。液体を操るハイドロキネシスは敵の体内にある水分すらも操る強力な“い能力”をもっていたが他者の身をすくませる威光を放つカイザーの前では何もできずに敗北した。


「それはうまいね。これで残る二人がつぶし合ってくれれば御の字なんだけど……」


「上です!」


 私はドクターの腕を引っ張るとその場から飛びのいた。




「あれ~? 俺の攻撃、避けられちゃった。君は勘が鋭いね」 


 空振りした日本刀を肩に担ぎあげながら忍者衣装の男は軽い口調でこちらに話しかけてきた。


「っ、テレポーターです」


 私はドクターにだけ聞こえる声でつぶやく。瞬間移動を可能にするテレポーター。身に着けている物ごと移動可能なため武器を持てば敵を瞬殺できる強力な力だ。思考を読んでいなければ対応する間もなく殺されていただろう。


「あはは。もしかして君はテレパスかな? じゃなきゃ俺の攻撃を避けられるわけがないからね。でも君がテレパスなら俺には勝てないよ。俺は君が避けられないほど早いんだから!」


 テレポーターが消える。

 確かに私は喧嘩なんてしたことがない。いくら思考が読めて、攻撃のタイミングが分かってもそれに反撃できるだけの身体能力は無い。武器があれば相打ちは狙えるがあいにくと丸腰だ。彼のいう様にじゃ彼を倒せない。


「だから僕がいるんだ」


 逃げる際に握ったままだったドクターの手を、私はそのまま背後へと引っ張り上げる!


「きゃあ!」


 走る鋭い痛み。テレポーターの振るう日本刀が私の身体を縦に引き裂く。飛び散る血しぶきが私の視界を赤く染める。


「大丈夫か、テレパス


 倒れゆく身体をドクターが優しく支えてくれる。同時に肌へと感じる暖かな感覚。感じていた痛みは薄れ、次に私が目を開けると私の身体から傷は消えていた。

 そして――


「なっ!? 君ら、いったい何、を……」


 地面にはテレポーターの姿が。私たちに向け追いすがるように手を伸ばしてくるがそれも数秒とせずにだらんと地面に降りる。意識を失ったテレポータードクターは注射器を突き刺した。


「あなたが倒れているのは私の力だよ。そして、君には劇薬を処方させてもらった」


 注射器を刺した瞬間にピクンと跳ねる身体。もう聞こえていないだろうテレポータードクターは死亡宣告をする。


 ドクターの“い能力”。それは触れた相手の状態を任意の時点まで巻き戻す力だ。どんな病気も、傷もそれが発生する前の状態に戻すことで治すことができるドクターの力は、攻撃にも作用する。

 私たちはこの会場に連れられてきたときで眠らされた。つまり、私が文字通り手引きし、触れさせさえすればドクターは相手を強制的に眠らせることができるのだ。




「これで残すはカイザー一人だね」


「はい。必ず勝ちましょう。そして、あなたが勝ったら私の妹を治してもらいますからね」


 私の向ける決意の目に、けれどもドクターは視線を逸らす。


「本当に……君は最後に、死ぬつもりなのかい」


「はい。それが私の決意ですから」


 これがバトルロワイヤルである以上優勝者は一人きりだ。私の願い、それは難病に侵されている妹を治療すること。そしてドクターは現在の力を引き続き持ち続けることを望んでいる。それで万人の人を治療するのだ。

 私のい能力がもし、戦闘向きの力であったのなら私はきっと自力での優勝を目指していただろう。しかし、相手の思考を読めるだけのこの能力では最後の二人になるまで逃げ続けられても優勝することはできない。このドクター相手にしたっていくら不意を突こうと次の瞬間には傷が全開しているのだ。優勝できない私が妹を救うには、彼にその夢を託すしかなかった。


「私の力では死んだものを生き返らせることはできない。私も医者だ。向かってくる相手には正当防衛として戦えても、君のような人を殺すのは良心が咎める」


「なら、その良心で私の妹を救ってください。それが私の何よりの望みなんです」


 両親が死んだ私に肉親は妹しかいない。その妹も二年前から病床に伏している。日に日に弱っていく妹の姿に私はこのバトルロワイヤルに命を懸けることを決意したのだ。死ぬのは怖いけれど、妹を失うなんて考えられない。


 私たちは最後の戦いに臨むため移動を開始した。




「嘘、でしょ」


 移動途中。私のテレパスはあり得ないものを目にする。


「どうした?」


「参加者が、生き返ってる」


 カイザーの脳から伝わってくる異常事態。死んだはずのハイドロキネシスが、テレポーターが、スミスがまるで生き返ったかのようにカイザーを取り囲んでいるのだ。


「まさか、開始直後に思考が読めなくなったゴーストが生きていた!? でも彼女のい能力で操れるのは生きている人間だけのはず」


 取り乱した私の思考が加速する。

 ゴーストのい能力は、生霊となり対象とした一人の身体に憑依。自身の思考を同期させることでその人物を操作できるものだ。憑依されている人間は自身の思考がゆがめられていることに気づくことはできない。

 だが、彼女が憑依できるのは生きている者だけのはずだし、一度に操れる対象は一人だけ。つまりカイザーが複数の死者に囲まれているこの状況には当てはまらないのである。死者を操ることができるのはネクロマンサーなのだが、彼は死んでいる……いや、まさか。


ネクロマンサーが生きていた!? いや、頭を吹っ飛ばされたのはスナイパーの目を借りて見ている。じゃあ、まさかネクロマンサーは死後の自分自身を操って!?」


 ネクロマンサーに操られた参加者は死後もい能力を使っていた。しかし、優勝者となれるのは生きている人間だけのはず……ネクロマンサーは自身の死を悟り他の参加者を道ずれにしようとしたの?


 私が思考する間にもカイザーは追い詰められていく。威圧も死者には効果が無いのだろう。三人の死体は包囲を狭めていく……三人? ネクロマンサーが自身の死体も操っているのだとしたらその体はどこに?


「危ない!」


 突き飛ばされる。訳も分からず地面に突っ伏す形となった私はテレポーターの刀を手にする、首を失い体だけとなったネクロマンサーの死体を目にする。


「逃げろ!」


 刀傷を受けたドクターが力を行使しながら叫ぶ。私はわき目もふらず駆け出した。




**


「何とか、逃げ切ったか?」


「死体相手ではテレパスは効きません」


「僕のドクターもだ」


 注意深く辺りを確認する。願いを叶えるためなら何でもすると覚悟を決めたのに、最後の最後で油断した。

 仮に追いつかれたとしたら逃げる途中で拾ったこのスミス製の手榴弾を使うしかないだろう。だがこれにしても死体相手に通用するか。私は掌をぎゅっと握りしめる。

 

 しかし幸運だったのはネクロマンサーが死んでいることだ。これでカイザーが死ねば、あと生き残るのは私達……達? いや、だ。


 テレパスカイザーの死をウチに告げる。ク、クフフ。クフフフフフフフ!


「これでウチの勝ちだ!」


 無防備に背中を向けるドクター。ウチは手榴弾の安全ピンを引き抜くとゴーストの“い能力”を解除した!



**


「クフ、クフフフフ、クフフフフフフ」


 私はスタート地点からすぐ近くの民家の中で目を覚ます。これでテレパスドクターも死んだ。ネクロマンサーも、テレポーターも、スナイパーも、スミスも、カイザーも、ハイドロキネシスも、みーんな死んだ!

 ゴーストのい能力の効果を知ったときは絶望したけどやっぱりウチは優秀だ。なによ、効果を発動できるのは一回だけって。発動中は本体が無防備になるリスクもあるし、それなら普通の力をもらった方がよっぽどよかった。


 でもでも、勝ったんだからそんなことどうでもいいわ。さあ、願いはなににしようかしら。クフフ、クフフフフ。


ゴーストさん、ずいぶん楽しそうだな」


 ポンと叩かれる肩。驚いて振り返るとそこにはドクターの姿があった。


「えっ、なんであなたが」


 聞きながらも意識が遠のいていくのを感じる。これがドクターのい能力。


「あの爆弾は僕の力で無効化させてもらった」


「そんな、あなたの力は生体にしか効果が無いはず」


「ああ、その通りだ。だけど僕の力は生体になら無制限で作用する。爆発の衝撃を受けたそばから治すことだってできるんだ」


「なっ、ましゃかテレパスに爆ひゃんをきゃきゃえしゃしぇて」


 ダメだ、舌が、回らない。


「君はテレパスの覚悟を侮っていたようだね。彼女は君が憑依を解除した瞬間、手榴弾を抱きかかえテレパスで作戦の全容を送ってきた。そう、これは彼女の勝利だよ」


 くそ、ウチが、利用していた、はずなのに。


 薄れゆく意識の中、ウチはテレパスの声を聞いた気がした。

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い能力バトルロワイヤル 滝杉こげお @takisugikogeo

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