剣士、秘伝書をめぐり立合いす

牛☆大権現

第1話

「頼もう! 」


古びた、けれども清掃の行き届いた剣術道場。

その扉を、乱暴に叩いて入ってくる男がいた。


「見学者の方でしょうか? 」


師範とおぼしき、50代半ばの男性が、声をかける。


「この顔に、見覚えは無いか? 」


男は、フードを取り払った。

歳は20後半頃、目付きは鋭く、抜き身の真剣を彷彿とさせる。


「どことなく、見覚えがあるような気が、しなくもありませんが」


「惚けるな。尾崎 清吾、この名前に聞き覚えは? 」


名前を聞いた途端に、師範は真っ青な表情に変わる。


「まさか、お前は……」


「アンタから秘伝書を盗まれた、男の名前だ。そして、俺はその息子。尾崎 清次だ」


背後の竹刀袋から、木刀を取り出し、師範に向ける。


「父の名誉を回復するため、果たし合いをしてもらおう」


「今時決闘とは、古風な。しかし、面白い」


師範も、壁に立てかけてあった木刀を、構えた。


二人は、円を描くように徐々に接近していく。

少しでも、有利な立ち位置から攻撃を仕掛ける為だ。


先に動いたのは、師範だった。

端から見ると、何の変哲もない面打ち。


けれども、清次はワンテンポ遅れてこれを受ける。

清次が反撃に移れる体勢になった時には、既に師範は背後に抜けている。


背後に向き直り、追撃を牽制するしか無かった。


「(この足捌きと膝の秘術。あの男の息子とは言え、そう簡単には見抜けまい)」


その秘密は、足の使い方にあった。


蹴らずに移動する古流の足捌き、それにより相手は接近の動作を知覚し難くなる。

そして、腰を落とし膝の高さを変える事で、敵はまだ間合いに入っていないと誤認する。


敵は、まるで空間が縮んだような、錯覚を覚える事だろう。


清次は、受けに回れば不利と考えた。

かなり遠くの間合いから、跳躍するように、大きく踏み込み仕掛ける。

だが、その予備動作は大きく、容易にかわされる。


そして、死角となる右足への反撃を、諸に喰らってしまう。


「剣道の試合ではないのです、反則とは言いますまい? 」


剣技において、足は全ての起点となる。

故に足の負傷は、大きな不利となる。


だから師範は、清次の棄権を確信していた。


そこに、油断があったのだろう。

師範は、残心も、距離も取っていない。

清次は、最大の勝機を逃すかと、渾身の突きを至近距離から放つ。


師範はその突きを、鳩尾に諸に喰らって、吹き飛ぶ。

呼吸が乱れ、えずいている。


落ち着いて呼吸を整えるため、師範は後ろに下がろうとする。

だが、清次は"負傷した右足"で、大きく踏み込む。


決着の一撃、その音は重く響いた。


「秘伝書は、返してもらうぞ」


床の間に飾られた巻物を、清次は回収し懐に入れる。


「……見事だったよ、あの突き」


師範が、声をかける。


「生きてたのか、運の良い奴だ」


「今更だが、盗んですまなかった。そして、気を付けたまえ。それを狙うものは、多くいる」


「知っている。全て追い払えばいいだけ」


師範は、ニッコリと笑った。


「君がどこまでそれを守り続けられるか、楽しみにしているよ」


清次は、一礼して道場を去る。


心は既に、次の戦いに向いていた。


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