第467話 気分転換

「ふぅぅ……」


 湯気の立ち上る湯に肩まで浸かり、艶かしく溜め息を漏らす4姫竜筆頭。

 不在ばかりである屋敷の主人以上に、堂々とした態度である。

 そんな義理の叔母をじっと見つめる主人の娘であり、旧ツリーベル邸の暫定的な所有者であるマナ。


「どうしました?」

「……いえ、真竜の頂点の方でも、温泉を楽しむのだなぁ、と思いまして」


 マナの視線に気付いたトルシェの疑問に、マナは素直に返す。

 真竜の頂点にあると言うことは、凡そこの世で叶わないことはないほどの、贅沢三昧が可能な権力を持つと同義。

 それにしては、この叔母は素朴な人柄だとマナは感じていた。


「……そうね。

 本来の私達には、気にもならない温度差なのは事実だし、他の竜達は温泉を嗜んだりはしないわね」

「……」


 しかし、権力的な見方をしていたマナの問い掛けは、種族的な問い掛けと受け取られた。

 トルシェ達は、贅沢等わざわざする必要もない故に……。


 真竜クラスの環境耐性は非常に高い。

 沸騰したお湯だろうと氷水だろうと、ぬるま湯同然に平然と浸かっていられるくらいに……。

 加えて、高い防御力に病耐性まで持つのだから、人族のような湯治効果は得られない。

 故に、わざわざお湯に浸かると言うのは、無駄な行為なのだ。


「…………最初は人から竜へ昇格した配下の真似だったかしら?」

「そうなんですか?」

「ええ。

 特に、姉上が竜へ昇格させた者達は、一芸に秀でていたとは言え、ただの人間だった者達なの。

 竜に至っても、それまでの習慣が抜けることもなかったわ。

 これもその1つね」


 無意味になったからと、即座にそれまでの習慣を切り捨てられる人間の方が少数派だろう。

 無論、それで明らかな不利益を被るなら別だろうが。


「彼らの嘆願に、姉上が巨大な温泉を準備したの。

 けど、最初から頻繁に使っていたのは昇格竜の女性陣だけだったわ。

 それに興味を持ったのが、ロテッシオ。

 あの娘は人間との交流が特に多かったから……」

「今、お父様とダンジョンに潜っている方ですね?」

「そうよ。

 ただ、あの娘も温泉に入ってみたは良いけど、最初はやっぱり良さは分からなかったらしいけどね……。

 そこで無駄だと切り捨ててしまわないのが、ロテッシオの長所でしょうね。

 他の娘達を観察して湯船に入る時に、無意識下で環境耐性を弱めていることを発見。

 それを真似て姉妹に広めてくれたので、セフィア眷属は温泉を好んで利用しますよ」


 巨大な温泉を簡単に用意するセフィアの能力。

 分からなかったことをあっさり切り捨てるロテッシオ以外の姫竜達。

 挙げ句に、わざわざ自身の能力を弱めて温泉を堪能する真竜達。

 と、突っ込み処の多い話である。

 しかし、この程度をスルー出来ないとユーリスの娘はやっていられない。


「……巨大な温泉と言うのは気になりますね」


 と、無難な回答に留めるマナ。

 だが、目の前の筆頭姫竜も他に比べてマシなだけだと、理解していなかった点に問題がある。


「……そうね。

 テイファが戻ってきたら、送迎させるから遊びにいらっしゃい」

「……ええと。

 考えておきます」


 言葉を濁すマナだが、トルシェは気にもしない。

 こうして中央大陸西側や西大陸の住人ならば、感涙するほどの栄誉をあっさり与えられたマナ。

 当人はただ困惑するしかないのだが……。


「……そういえば、テイファは何時になったら帰ってくるのかしら?」

「盗まれたお父様の前世の鱗を探しに行っているんでしたよね?」


 既にマナを招く気でいるトルシェは、その送迎を任せたいテイファへと話題を移す。

 そして、何気にセフィア眷属の最高機密を知ってしまっているマナが訊ねると、


「思い込んでいるって言うのが正しいわね。

 保管されている天帝鱗の数に問題はなかったわ。

 どうせ、貸し出した鱗を忘れているんでしょ」


 肩を竦めて、呆れを表すトルシェ。

 そこで、マナは気になっていた疑問を投げ掛けることにした。


「その鱗、天帝鱗って何ですか?

 脱皮した鱗か何かなのです?」

「……ああ。

 私達は別に脱皮なんてしないわよ。

 姉上の保持エネルギーってのは強大でね。

 本来なら常時放出していないと身体を維持できないの。

 けど、そんな膨大なエネルギーを好き勝手に放出されたら、今度は世界が持たないでしょ?

 だから、掌くらいの結晶に物質化して、保管しているの」

「つまり、鱗みたいな形のエネルギー結晶ってことですか?」


 エネルギー結晶。

 ファンタジーよりもSFと親和性が良さそうな単語である。


「その認識で間違いないわ。

 方向性も与えられていないただのエネルギーの塊よ。

 1枚で真竜数体分に匹敵するエネルギーを秘めているけどね」

「……」


 掌サイズで街数個をまとめて吹き飛ばすエネルギーの物質……ほぼ核燃料である。


「その恩恵を1番受けているのが、ファーラシア王国ね」

「え?」

「姉上が異世界へ放逐されることになる衝突があったのが、この周辺なのよ。

 姉上の抵抗力とミサイルの放逐力がぶつかって起こった大爆発がマーマ湖と周辺の円形山脈群を造り出した。

 その時、南東方面から向かってきたミサイルを迎撃した影響で姉上の後方方面に天帝鱗が飛び散り、各所に地中深く埋まり、後にダンジョンコアとして変性した……」


 ……まあ、その前にも姉妹喧嘩で飛び散った鱗がゼロではないけど。

 と言う言葉は、内心に留めるトルシェ。

 他の地域に比べて、ファーラシア一帯が、異常にダンジョンが多いのはそれが原因なのだ。

 加えて、セフィアの抵抗意志が多く付与されているので、ダンジョンのレベル自体も高い。


「そういう危険物だけに、慎重に扱うのは理にかなっている話だけどね」


 そう言って苦笑を浮かべるトルシェ。

 だが、地球で自爆テロのニュースを幾度も聞いたことがあるマナは、どうにも一緒に笑う気分にはなれなかったのだった。

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