第461話 ビーズ伯爵の怒り

 さて、何故ビーズ伯爵が爵位を返上したのか?

 その理由はフォロンズ東部へ魔物が大量に流入した時まで遡る。

 拠点となる街を失った貴族達は、当然それを奪回するための兵力も同時に失っており、王国へと援助を求めた。

 しかし、ラロル帝国に加えて、ファーラシア王国も怒らせたフォロンズ王家に、東部救援の余裕はなく、困った時の神頼み宜しくビーズ伯爵に、マウントホーク辺境伯家とトランタウ教国への取り成しと、ついでに東部救援を要請した。

 近年、昇爵を認めたばかりのビーズ伯爵ならば、その恩義に報いるために喜んで動いてくれるとばかりに……。

 しかし、


「……一旦、領地に持ち帰って検討致します」


 と、珍しく言葉を濁すビーズ伯爵。

 普段であれば、


「……ハァ。

 分かりました。対処しましょう」


 と言う渋々ながら肯定がある所で、検討と言う言葉。

 この時点で不安を感じた官僚達だったが、さすがに祖国の危機に動かないはずはないと高を括っていた。

 ……いたのだが、


「家中で十分話し合いましたが、さすがに東部救援に回せる戦力はありません。

 本件はお断りさせていただく」


 数日後に登城した伯爵の拒絶に、大荒わとなる羽目に。

 直ぐ様、官僚から大臣、果てはフォロンズ国王までやってくる騒動となった。

 これまで1度として、国の命令に背くことのなかったビーズ伯爵の拒絶は、それほどの衝撃だったのだ。


「どういうつもりだ?

 ビーズ卿!」


 集まったメンツを代表して、国務大臣が詰問する。

 この時点では、ビーズ伯爵による交渉術の一貫だと、甘くみていたが故に強気の問い掛けである。


「当然でしょう?

 私は再三に渡って、マウントホーク辺境伯との関係重視を進言してきました。

 それを無視して置いて、今頃泣き付いてきても対応出来ません!

 ましてや、我が家の兵は国境を守るために、ビーズ家が日々鍛えてきた者達。

 そんな我々よりも前に出るべき方々がいるではありませんか!」

「「「……」」」


 ビーズ伯爵の怒りに、目を泳がせる歴々。

 ド正論に返せる言葉がないのだ。

 王宮の官僚や兵士、大臣に至るまで主流派である東部閥貴族の縁故である。

 自分達の家族の危機に、他人を利用するなどお門違いも甚だしい。


 しかし、ビーズ伯爵の怒りを受けた宮中の者達は、国王へすがるような目を向ける。

 伝家の宝刀を抜いてほしいと言う無言の嘆願。

 だが、今回ばかりはいきなり王命を出すことに躊躇いを覚えるフォロンズ国王。

 これまで、不本意ながらも最後には従ってくれたビーズ伯爵。

 故に明確に王命であると強調して要請を行う事態はなかったのだ。

 そんな彼を相手に、本当に王命として命じるのが正しいのか? と今更ながらに疑問を持った。

 だが、


「……陛下、ビーズ卿も伯爵となったことで多少の増長があるのです。

 国主として、正しいご判断を」


 側近が耳元で囁く。

 あたかも、正しい王命のような口振りだが、その側近もまた東部に縁を持つ男であり、ただの公私混同であった。


「ビーズ伯爵。

 王として命じる伯爵領軍を率いて、東部救援に……」

「陛下、あなたは実に遣えがいのない主君でした。

 しかし、我が領民を思えばこそと、遣えて参りました。

 ですが、その王命はその民を蔑ろとする言葉であることを理解されてみえますでしょうか?」


 先ほどまでの激しい怒りから、一転して冷たい怒りを湛えたものへ変えた眼差し。

 その眼差しでフォロンズ王を見据えて言い放つ臣下とは思えない言葉に、フォロンズ王は最後の手段であるはずの王命が、諸刃の剣であったと遅まきながら悟るが……。


「……本日をもって、ビーズ伯爵位を返上致します。

 では……」

「待て!

 待ってくれ!」


 時は既に遅く、ビーズ伯爵だった男はあっさりと爵位を手放すと言い放ち、踵を返すのだった。

 必死に止めようとするフォロンズ王の言葉に応えようともせずに……。


「……なんと愚かな」

「……ええ。

 仮にも貴族家の当主とあろう者が……」


 その様子を眺めていた大臣と側近が呆れた言葉を漏らすが、その言葉がフォロンズ王の神経を逆撫ですることになる。


「愚かなのは貴様らだ!

 私は、今この国の未来を永劫に閉ざしてしまったと感じたぞ!」


 怒鳴り付けるフォロンズ王。

 優柔不断で多数派に流される所はあるが、暗愚に務まる程、このフォロンズと言う土地は豊かではないのだ。

 しかし、


「大袈裟ですぞ?

 たかが伯爵、それもつい最近まで下級貴族であった男1人に……」

「そうですよ。

 ましてや、派閥を率いていたわけでも……」


 王の焦燥を理解していない側近や官僚が否定をする。

 口は災いの元を体現するように……。


「……ほぅ。

 ではその伯爵に任せていた仕事を見事こなせると言うことだろうな?」


 当然のように、国王の怒りに油を注いだ2名は、王の言葉に顔を青くするが、


「まず、そなたにはマウントホーク辺境伯家に出向き、今回の謝罪と東部解放の要請を行うように命じる!

 そして、そちには王国軍に随行し東部救援を手助けせよ!」


 もう遅い。

 フォロンズ王から強い口調で命令を受ける羽目になった。


「お待ちください!

 マウントホーク辺境伯家に出向くなど……」

「そうです、危険でして……」


 個人的に親交のあったビーズ伯爵は別にして、フォロンズ王国はマウントホーク辺境伯家の当主を殺そうとしたわけである。

 その状況で、出向くなど殺されにいくようなものだと周りも国王を諌めようとするが、


「言い訳無用!

 王命である!」


 フォロンズ王は聞く耳など持ってはくれない。

 それどころか、王命として改めて命じる始末。

 こうして、愚かな側近の命は風前の灯火となったのだった。

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