第462話 ビーズ伯爵家会議

 さて、話はあっさりと爵位を返上したビーズ伯爵。

 その事前に行われた家族会議に遡る。


「……皆、急な呼び出しに応じてもらい感謝する」

「いえ、王宮からの呼び出しでしたので、また無理難題を押し付けられるのではと心構えがありましたので……」


 急な招集を詫びるビーズ伯爵に、従兄弟であり腹心でもある従士長が苦笑混じりに返す。

 従士長が呆れるように、王国からビーズ伯爵家への難解な依頼は多いのだ。

 正直、伯爵程度の扱いでは割に合わないと思えるほどに……。


「……そうだな。

 今回も相変わらずの無理難題だ。

 マウントホーク辺境伯家の弁明代行に、東部救援の軍務だそうだ」

「無茶苦茶ですな!」


 どちらも死の危険性が高い仕事である。

 それを同時に行えとは、まるで死んでこいと言っているように錯覚すら受ける話だ。

 しかし、


「そうだろう?

 そこでだ。

 私は爵位を返上しようと思う」

「「「……」」」


 続く伯爵の言葉には、彼らをしても沈黙するしかない。

 貴族が爵位を返すと言うことは、それほど想定外のことなのだ。


「……本気でしょうか?」

「ああ。

 私はともかく、自分の子供達まで同じ苦労を負わせたくないだろう?」


 確認を取る従士長に、諦観の笑みを浮かべる伯爵。

 爵位を返すと言うことは、自分達のルーツに財産、庇護下の民まで全てを捨てる行為である。

 本気を問うのは必然。

 同時に、先祖の栄光より子孫の繁栄を望むのも生物として当然だった。

 失敗すれば、自身の落命に加えて、子供達への糾弾。

 だが、成功すれば更なる難題を押し付けられる将来。

 どちらにしろ、地獄である。


「しかし、長年の望みであった昇爵が叶ったばかりであると言うのに……」

「それは違う。

 昇爵したから分かったのだ。

 これまでは、子爵と言う下級貴族であったから、派閥も作れず、国内の少数派に甘んじていると考えてきた。

 だがな、伯爵位を得て上級の貴族になった今でさえ、こちらへ靡く貴族家がない。

 ……王家に国外へ目を向ける意志がないのだ」


 そもそも、外交の窓口を領地貴族であり、下級貴族であったビーズ子爵家が担っていた時点で、フォロンズ王国の他国への関心の低さが伺える。

 ……これまではそれでもなんとかなってきた。

 トランタウ教国と言う巨大宗教国家と東部の2大大国であるラロルやアガームが交易するには、フォロンズ王国を経由する必要があったから、フォロンズ側が消極的な外交をしていても気を遣って貰えたのだ。

 だが、マウントホーク台頭による急激な国際情勢の変化で、フォロンズ王国の価値が暴落しつつある。

 それを踏まえてのビーズ家の昇爵と思っていたのだが……。

 王家は寄子の鞍替えを促すこともなく、相変わらず外交をビーズ伯爵家へ丸投げ状態であるのだ。


「……確かに」

「声を大きくしては言えんがな?

 正直、この国には先がないと思っている」


 農業も産業も弱いくせに、国際情勢に疎いのでは詰んでいると言う。

 しかも、


「縁の深い冒険者ギルドの衰退も甚だしいですしな……」

「……そうだな」


 探索者ギルドの台頭により、冒険者ギルドの衰退は凄まじい。

 優秀な冒険者は、どんどん探索者に鞍替えしていくし、冒険者ギルドの職員から探索者ギルドの職員へ転職する者も多い。

 支部長クラスの転職者が出ているのだから、冒険者ギルドの未来は察せられる。


「さて、そんなわけで爵位を返上した後の話だ。

 この中には、ビーズ伯爵家を継ぐ資格を持つ者が多い。

 手を挙げる者がいれば、爵位を譲る気だ」

「「「……」」」


 ビーズ伯爵の言葉に、一斉に苦笑を漏らす者達。

 フォロンズ王国がどれくらい泥舟か説明しておいて、爵位がほしいか訊かれても困る話だろう。


「……まあ欲しい者がいたら、今日中に声を掛けてくれ。

 ビーズ伯爵家を断絶させるのも勿体無い話だからな」

「……断絶と仰いますと、他国で爵位を望まれるわけではないと言うことでしょうか?」


 貴族には、他国で亡命貴族となり、能力をみせて爵位を得ると言う道がある。

 貴族として教育を受けてきた者と言うのは貴重なのだ。

 ましてやビーズ家は、フォロンズ王国の外交を担ってきた家柄。

 外交員として欲しがる国は幾らでもある。

 それ以前に、


「……そうだ。

 例えば、隣のトランタウ教国へ移れば、侍祭待遇も有り得るだろうし、マウントホーク家との縁も加味すれば、司祭も狙えるだろうが……」

「そういえば、トランタウ教の侍祭資格を持ってみえましたな」

「……ビーズ領の状況故にな」


 トランタウ教国からの宗教的侵略を避けるためには、街中に神殿を建てさせるのは避けたかった。

 しかし、国力差を考えれば、トランタウ教国とは、縁を深めておきたい。

 その策として、代々のビーズ家当主は侍祭資格を取り、少額ながらトランタウ教へ御布施を払っていたのだ。


「だが、そういう対応も必要なくなるだろうしな。

 マウントホーク家へ臣従出来るように交渉する予定だ」

「……なるほど」


 元領地貴族で、それなりに縁を持つビーズ家の面々ならば、辺境伯家は喜んで代官として取り立てるだろう。

 爵位こそ失うが、実入りで言えば絶対に良くなる確信がある。


「……と言うわけでな。

 皆も自由な選択をして欲しい。以上だ」


 こうして、ビーズ伯爵の返上騒動が起こる未来が確定した。

 なお、この情報がビーズ伯爵領に行き渡ったため、新任貴族が訪れた時には、ビーズ領は無人に等しい廃墟となっていたのだった……。

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