第439話 登山準備

 俺達3人とゴレアスを、山脈間の谷がそのまま海に埋もれて出来た入り江に降ろした遠征軍旗艦は、徐々に北へ進路を取って離れていく。

 それを名残惜しそうに見つめるゴレアスを放置して、俺達一家はサンダルに近い靴から山歩き用のブーツへ履き替え始めた。

 面倒だが、山を1つ登るのだけはショートカット出来ない。

 ……上陸して即座に合流では、帝国側も疑わざるを得んだろうし。

 せめて、海から見えない辺りまでは山の中を移動しなくてはならないのだ。

 とは言うものの、宛もなく山を歩いてグリフォンに遭遇出来るはずもないので、うちの三つ星組と一緒に山に入っている豊姫配下を待つ。

 ……まあ、陸路勢がグリフォン説得に失敗しているとプランが破綻するのだが、俺の竜気を纏っているベガ達を見れば、こちらへ靡くだろうと、難易度を安く見積もっているのも事実。

 まさか、俺が支配下に組み込みたいと、言外に伝えているのに、逃げ出すほど愚かではないだろう。


「……すみませんでした。

 これが今生の別れになるかもしれないと思うと、どうにも名残惜しくて……」


 船が見えなくなった所で、我に返ったゴレアスが恥ずかしそうに謝罪する。

 俺達が自分を待っていたと勘違いしているようだ。

 俺や娘達は、ともかくゴレアスはやや強い常人程度の身体能力だし、真っ当なグリフォン討伐に巻き込まれれば、十分に死の危険がある。

 ……うむ。

 今後は辺境伯家の家臣になる上に、ラロル皇族の血筋だし。

 ネタ晴らしをしても良いだろう。


「覚悟を決めている所ですまないが、今回の討伐に命の危険はない予定だぞ?」

「?

 ユーリス殿達はですよね?」


 そんな覚悟全開の顔されると申し訳ない所だが、


「いや、我が家の別動隊が、制圧に乗り出しているはずだ。

 こちらは事後処理担当」

「……」


 内情を暴露すれば、ゴレアスの表情は驚愕から憤りを経由して安堵へ落ち着くように変化をみせた。

 差し詰め、辺境伯家には俺以外にも、グリフォンへ対応出来る手段があったことへの驚き。

 自分や故郷が、俺達に良いように利用されていた怒り。

 自分に命の保証がある安堵。

 と言う具合かと思う。


「……しかし、我が国も辺境伯家の戦力については内偵を行っております。

 上位の実力を持つ元冒険者やファーラシア王国軍、旧マーキル王国軍の兵士を取り込み、ダンジョンを用いた強化まで為しているとは伺っていますが、グリフォンクラスに対応出来る実力者がいるとは……」


 ……まあ、表の戦力を見るとグリフォン退治は無理だからな。

 地上戦であれば、うちの部隊長クラスならタイマン張れるレベルだが、飛行能力を制限出来ないとレオンでも無理だろう。

 逆に言えば、飛行能力抜きでさえ一兵卒では荷が重いと言うことでもある。

 多分、魔狼達よりも格上。

 ……多分。

 グリフォンの基準がネームド化したベガ達だから、もしかしたら普通のグリフォン相手なら、地上戦で一兵卒クラスの可能性もある。


 しかし、今重要なのは裏側のお話。

 豊姫や水侯の配下が大量に紛れているので、辺境伯家の家臣団は軍よりも一般職の方が強い。

 だが、多くの国では軍の実力は注視していても、執事やメイドの戦闘力に注目されることはない。

 ……よくよく考えると、単独で各国の首脳陣を皆殺しに出来るメイドを、数ダース単位で抱える辺境伯家って相当ヤバイ気がするな。

 しかも、他国のスパイがノーマークだから、辺境伯家の動きを掴めない。

 現に、グリフォン討伐の裏側をラロル帝国が掴んでいなかったわけだし。


「……まあ、追々紹介してやろう。

 それよりも、今は今後の動きだ。

 あくまでも俺達は、力を示してグリフォンを従えたと言う形へ持っていく。

 嘘じゃないしな……」


 こんな話が出回ると、またファーラシア上層部から騙し討ちが得意とか、腹黒貴族だとかの誤解を生む発言を受けかねない。

 別動隊の詳しい情報は、未だ与えるべきではないだろう。


「……承知しました」


 渋々頷くゴレアス。

 納得は出来ないが、敢えて此処で波風立てる気もないのだろう。


「と言う訳で、案内役が来るまでは待機。

 正直な話、下手に山で遭難とかする方が、よほど怖いしな……」

「…………」


 遠い目になる俺を見て、真っ青な表情を浮かべるゴレアス。

 帝都での会話から察してはいたが、案の定、遭難の危険性を考慮していなかったか。

 つくづく、同じような王や皇帝の血筋なのに、シュールとの違いが目立つ。

 ……逆に、シュール達が立場に対して、下っ端の事情に詳しいのか?


「なあ、ゴレアス達のようなラロル帝国の近衛は、野外訓練を受けないのか?」

「……そうですね。

 ある程度の操船訓練はありましたが……」

「逆に近衛騎士が操船訓練とかも凄い気がするが……」


 海洋国家の見栄だろうか?


「多分~。

 逃げる時は~、海ですよ~?」

「それに野外訓練するなら、一般騎士時代じゃないの?

 ファーラシアの騎士団もそういう流れだったはず」

「……なるほど」


 どうやら娘達の方が貴族や騎士に詳しい、と言うことがよく分かった。

 だが、


「そうなると、ゴレアスが野外訓練を受けていない理由にはならないな。

 ……サボったか?」

「違いますよ!

 ただ、私の場合は皇太子である従兄の相談役としての抜擢で、近衛隊からスタートでしたので……」

「最初から武力は期待されていないんだな……」


 そういえばラロル帝国には、皇族から文官への道がないんだった。

 つまり、ゴレアスの正体は近衛騎士の給料で働いている不正規文官。

 そりゃ、野外訓練何てしないわな。


「……だが、そうなると結構きつい山登りになるぞ?」


 山側に目を向けると、数千メートルはありそうな斜面が目に入る。

 頂きは雲に覆われていて見えない状況。

 海からの湿った風の影響があると言っても、標高千メートル以下は有り得んだろう。


「……頑張ります」

「……まあ、お前さんに合わせて登るから」

「…………。

 ……はい」


 肩を落としつつ、呟くゴレアスに慰めの言葉を掛ける。

 見た目だけならゴレアスよりもか弱そうな娘2人に一瞬だけ目を向けて、すぐに海戦の様子を思い出したのか、絞り出すように頷くのだった。


「……まあただの山登りだし」

「……残念だけど、そうはならないわよ」


 この場にはいないはずの声ではなくて、俺達の待ち人の声であると言うべきか?

 豊姫配下と行動中のミフィアだった。

 普通、この状況で問題なんて起きないだろうに?


「……詳しい話は森に入ってから。

 此処だと目立つわ」


 相当、厄介な"ナニカ"があったと見るべきか?

 ……何でこの世界はこういう変なフラグだけは外さないのだろう。

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