第438話 大荒れの航海
中央大陸の北海岸線は西からの海流が、大陸からやや沿岸を陸地沿いに流れているらしい。
グリフォン登場前までは、海流と陸地の狭間を通って西進し、海流に乗って戻ってくると言う流れがラロルからトランタウまでの航路の基本だったらしい。
だが、海流手前辺りまでグリフォンがやって来て、積み荷や人足を奪うせいで、現在は海流の北まで北上してから目的地の西側海域を目指し、海流に流されることを計算して、目的地に到達する必要があるらしい。
今回で言えば、目的地は山脈の2つある峰の間にある天然の入り江。
対して、進行ルートは完全にフォロンズと北方列島の影響下にある海域まで、西北西に進んでから南下するルートを選択していたのだが……。
そのルート折り返し付近にて、四方を海賊船に囲まれているのが、俺達を乗せた帝国海軍の現状である。
「……大人気ですね」
「……全くだ。
連中も必死だなぁ」
旗艦であり、補給艦も兼任する俺達の船と前後左右を守る小型戦艦4隻と言う船団。
その船員は、海洋国家ラロルで帝国海軍に属している者達。
……十分な一軍級の腕前だろうが、個別で進路変更の旋回中に、旗艦目掛けて突っ込んでくる大小様々な戦艦及び攻撃挺に完全に遅れを取っていた。
しかも、
「そりゃぁぁ!」
「たあぁぁ!」
小型挺の搭乗員達は、足元に水柱を立てて結構な高さのある旗艦甲板以上の高さに舞い上がり、槍を構えて降ってくる。
まあ、俺くらいのステータスになると……。
「絶好の的だけどな」
自由落下中で隙だらけの胴を軽く凪ぎつつ、位置取りを前にすると、着地した下半身をスルッと滑って、上半身が甲板に転がる。
その様は、
「まるでコメディのようだ」
「本当にね!」
他の海賊を自前の杖のフルスイングで、打ち上げたマナが呆れた感じで返してくる。
小柄な女子小学生が、大柄な体格の人型生物を打ち上げる様も十分にコメディであるが……。
「1、2、3~。
はい、1、2、3!」
後衛職であるにも関わらず、得意とする豪快な炎魔術を封じられたマナの横で、楽しそうに手を振る我が家の次女。
その手が動く度に、襲撃犯の頭が吹っ飛んでいくのだから凄まじい。
「……いやはや、一時は今生の別れを覚悟したのですがな」
主戦場に相応しい無双状態のレナに守られている今回の総司令官であり、新しい従業員の父親であるベルトンが呟く。
「……まあ、今回ばかりは少し苦戦するかなと思ったけどな」
レナ無双を見て、戦場を任せることにした俺はベルトンに返事を返す。
船体を傷付ける強攻撃が封じられているわけだし……。
俺もベルトンも今回の襲撃が、単純に帝国海軍が海賊に襲われました。だとは思っていない。
「……さて、先ほどから海から飛び出してきては、打ち上げられたり、頭を潰されたりしている連中ですが、まず間違いなく北方列島の正規兵達ですね。
彼らは水棲系亜人との混血ですので、水に濡れている箇所が鱗に覆われ、高い防刃能力を発揮します」
「その水に干渉されて、どんどん数を減らしているがな……」
全身が鱗で覆われているサハギンみたいな兵士達に、防戦を強いられている帝国軍。
武術の腕では帝国兵が上でも、相手は全身鎧の防御力を持つ身軽な水兵である。
船上では分が悪すぎるのだが……。
レナによって顔を濡らす海水に干渉、お手軽に頭を握り潰されている。
マナはマナで、相手の見た目がモンスターだからか、心理的な抵抗もないようで、片っ端から殴打を加えていく。
見た目は少女でも、中身は規格外な身体能力を持つ異世界転移者である。
その衝撃は深刻な内臓ダメージとなっているだろう。
問題は、他の船だが連中の狙いがこの船である以上は過度な戦力は投入されていないはず。
「旋回行動中であったのが幸いとなるとは……」
「通常航行中なら、盾になった船とその乗員が犠牲になっていたわけだしな。
向こうの練度と能力の高さが仇になった形だ」
船と言うのは急には停まれない物である。
それを停める最も効果的な方法が、相手の側面への体当たり。
だが、波の干渉がある海上で大した自立動力を持たない船が、相手の側面にぶつけるのは至難の技。
かと言って正面衝突に持ち込めば、どちらの被害が大きくなるかは運任せになる。
一番簡単なのは並走しての白兵戦だろうが、その場合は護衛艦から順に攻略することになる。
そうなれば奇襲の利点が活かせない。
だからこそ、今回のような戦術に出たのだろう。
「向こうの不幸は、ダンジョンで魔物相手に慣らした辺境伯殿が、海戦でも本来の能力を遺憾なく発揮出来たことでしょうな……」
「……まあ、陸の戦場なら本陣強襲の緊急事態だからな。
情けを掛ける気もないが……」
陸上なら一般兵が逃げ出していても不思議ではないが、甲板から逃げられないので、そのような混乱とも無縁。
そうなると、後は戦力の質と士気の差が物を言う。
そして、サハギン擬きと帝国の一般兵がほぼ互角。
となれば、マナとレナの分でお釣りが来るほど勝算が出るわけだ。
「……ですな。
せめて、後から糸を引いていた連中を送るくらいの手向けをする程度でしょう」
「その方が都合が良いからな」
「ユーリス卿もでしょうに……」
「否定はしない」
フォロンズと北方列島の影響下にある海域で、北方列島勢力に襲われたのだ。
誰が北方列島へ情報を流したかは明確だろう。
しかも、両者は帝国のグリフォン退治によって、共に不利益を被るわけだし。
加えて、目障りな俺を殺せるチャンスだったわけだ。
当然、動くよな?
……動いていなくても、フォロンズが北方列島と組んで俺達を襲ったと言うシナリオにするけどな!
ロランドの起こした内乱時の面倒な借りが帳消しに出来るとは運が良い。
……襲われていることを運が良いと言い切る辺り、俺と帝国は同類であったようだ。
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