第435話 ナガサレ・テルサの災難

 ナガサレは、テルマーマを治める領主と言う立ち位置にいる。

 元は、テルマーマ村村長と言う立場であったことを思えば、シンデレラストーリーのような成り上がりと言って良いかもしれない。

 ……本人が望んだかどうかは、別として。


 自身を取り巻く急激な変化に、頻繁に疲れきった表情を浮かべる老人ではあるが、村長テルサ家はかつては、南大陸で強い権勢を誇っていたマンメティル王国の王族であったテルサ家。

 中央大陸に進出した勢力の台頭で、故郷を亡ぼされてからは共に落ち延びた貴族や兵士達の家族と集まりマーマ傭兵団となり、残兵狩りから逃れるために中央大陸へ移った。

 中央大陸でも徐々に追い詰められていった彼らは、新天地を求めて辺境探索に挑み、巨大な湖を見つけて土着した。

 その湖がマーマ湖であり、当時の傭兵団長ミッケ・タルサは、湖の水産資源を背に再び王国を築こうと、テルマーマ村を造り、自身も本来のテルサ姓に改名した……。


 そんな経緯を持つテルマーマと村長テルサ家。

 だが、巨大湖の中央にはサーペントや水棲魔獣が棲み、運良く対岸へ辿り着いても魔狼が徘徊する草原。

 思うような利益も得られず、しかし、生きていくのには十分な水産物が手に入る地であったテルマーマを捨てることも出来ずに、今日へ至る。

 ナガサレ達からすれば、かつての王侯貴族時代等お伽噺のようなもの。


 そんな小さな漁村から、大都市へ急成長したテルマーマであるからして……。

 昔からの住人である漁師等は、特に気負いもなく領主館にやって来る。

 ……その環境に油断していたのは間違いないだろう。


 その日は、漁師達が見慣れない男達を何人か連れてきたが、漁師達の知り合いならばと門兵達は素通りさせる。

 門兵達はテルマーマの拡大のせいで雇われた新参者であり、ナガサレと親しい漁師達の知り合いが、異国の兵士だなんて想定もしていなかったのだ。……彼らを責めるべきではないだろう。

 しかし、結果として襲撃者達さえ、誰1人想像できない程、あっさりと領主を捕縛し、領主館を占拠できたのも事実だった。


「……それでお主らは何がしたいんじゃ?」


 執務室のような執政専用の部屋を持たないテルマーマ領主館であるからと漁師達をそのまま招き入れた客間が、そのまま軟禁場所になったナガサレが問う。


「陳情って奴だよ!

 漁師の俺達よりも、俺らが命懸けで取った魚を売る連中の方が羽振りが良いのはおかしいだろう?!」

「「「その通り!」」」


 その問い掛けに正直な言葉をぶつける旗振り役の漁師。

 周囲の漁師仲間も同調するが、


「陳情?

 それで何が出来るんじゃ?」


 ナガサレは呆れた声を返すだけ……。


「何を!」

「儂から、商人にもっと高く買ってくれとでも言えと言うのか?

 それにどんな効果があるんじゃ?

 それとも漁師に援助しろとでも言うのかのう?」


 これまで当たり前のように、愚痴に付き合ってくれていた顔馴染みとは、思えないようなナガサレの冷たい声に言い知れぬ恐怖を感じる漁師達。


「或いは漁師達の税の免除か?」

「いや、俺達は……。

 ……なあ、みんな」

「あのな……」

「……えっと」


 村長ではなく、領主としての顔を見せるナガサレに、歯切れの悪い口調となる漁師達。

 ただ、豊かになりたいと言うだけの曖昧な目的のために、自前の威勢と外部の甘言で行った陳情と言う名の強訴が、為政者に通じないのは道理。

 だが、漁師達が期待したのは、身内贔屓の裁定である。

 例えるなら、


「あ、あれだ!

 テルマーマとイマーマを結ぶ定期船。

 あれを向こうの住民が一方的に、管理しているのはおかしいだろ!

 俺達にも半分の権利があるはずだ!」


 と言う言い分に同意するような……。

 だが、


「何を言ってる。

 そもそも最初に定期船の船員を募集する際に、断ったのはお主らではないか?」


 ただでさえ人手不足の辺境伯家なのだ。

 対岸とは言え、マーマ湖の情報に詳しい住人に声を掛けないはずもない。

 だが、水深の深い処に棲む魔物を怖れた漁師達は、当然のように断った。

 挙げ句に、マーマ湖の危険を知らぬバカだと罵りさえした。


「そりゃ……なぁ」

「……ああ」


 そんな過去を咎められた漁師達は、互いに曖昧な相槌を打つのみ。


「儂はな!

 その件で、散々色んな人から文句を言われたんじゃぞ?!

 テルマーマの漁師が協力しないせいで、折角の航路が活かせない!

 とな!」


 これまでの鬱憤を一気に吐き出す。

 ユーリスが、ファーラシア貴族達からイマーマ整備を急かされたように、ナガサレもビジームの各都市国家からテルマーマ港整備を急かされたのだ。

 だが、力技でどうとでもなるユーリスと違い、ナガサレは方々に頭を下げて、どうにかしたわけで……。

 ……それでも昔からの顔見知りであり、兄貴分や同輩、弟分である彼らに鬱憤をぶつけないように我慢してきた。

 それを今更、掌返して自分達の権利がと主張されたのだ。

 ぶちギレもしょうがないのだろう。


 その勢いに気圧された漁師達は、当初のナガサレ達一家を押さえ込んで、小銭せしめる計画を口に出せなかった。

 下手なことを言えば、一家揃ってテルマーマを追放されかねない勢いを感じたのだ。


「さて、最初の質問に戻るぞ?

 漁師達と一緒にやって来たお主らは何が目的じゃ?」


 領主とその住人のやり取りを、脇で眺めていた見知らぬ男らに焦点を合わせるナガサレ。

 どちらが主犯か等と言うことは、元村長の目にも明らかだったのだ。

 もちろん、


「私達は安い賃金で雇われた傭兵もどきですよ?

 目的なんてあるわけないじゃないですか」


 本職の兵士に通じるわけもなく、軽々と流される。


「では、コイツらの倍の金を出せば、大人しく引き下がってくれるのかね?」

「いや、そうしたいのは山々なんですけど……。

 1度契約したら期間満了までは、裏切れないのも傭兵の辛いところでしてね?

 ……半月程、ご不便をお掛けします」


 そこまで言うなら、金で解決したいと申し出るも、傭兵の仁義を盾にはぐらかす。

 漁師達が財産を寄せ集めた所で、半月も傭兵を雇える金が出るはずもない。

 ……大赤字の話だが。


「契約書にこちら側の不備がありましてね?

 身銭を切る羽目になりましたけど、半月間の領主館占拠と明記されている契約書があっては致し方ない」


 漁師達ではまともに読めない難しい言葉使いで、書かれたであろう契約書を手にして、ヘラヘラ笑う傭兵。

 ……これでは、当事者達が何を言おうとも、記録上の悪党は漁師達になってしまう。


「……」

「……さて、お願いを聞いていただけますかね?」


 襲撃実行犯である昔馴染みが、そのまま人質になった状況に、苦い顔のナガサレ。

 そんな彼に、傭兵を名乗る兵士の長はとある依頼を出す。

 それは領主を人質に立て籠る襲撃犯がするには、意外過ぎる要望であった……。

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