第434話 アガーム王の号令

 ユーリス達が船上の人となっている頃。

 アガームの王宮では、全土から集まった貴族家の代表者達が熱を帯びた表情で国王の声を待っていた。

 宮中に近い者は、これから発せられる内容を知っている。

 そうでない者達も、訳知り顔の同僚の隠し切れない喜びの感情に吉報を悟っていた。

 そして、


「皆のもの。

 良く集まってくれた。

 この度の招集の目的は1つ!

 我が国に1度は降伏したにも関わらず、未だに我が国の采配に反抗する痴れ者ども。

 彼らに制裁を科す時がきたと宣言するためである!」


 !!!


 想定以上の力強い宣言に声を挙げずに空気が爆ぜる。

 軍拡主義の先代から打って代わって、協調外交方針を取ってきたアガーム8世。

 その姿を弱腰と批難していた貴族達であったからこそ、長年の懸念事項であった敵対勢力に対して、軍を差し向けると言う大号令に歓喜した。

 自分達の王が信じるに足りる主君であった! と。


 魔物領域解放は難しい。

 ……軍はその為の物ではないのだから。

 それを為して隣人となった辺境伯家との協調はしょうがない。

 ……真竜を敵に回すのは、馬鹿げた行為だ。

 南の都市国家連合を攻めないのもやむを得ない。

 ……予想される損害に対して、見込める利益が少な過ぎる。

 降伏をしたにも関わらず、厚かましく国を名乗る連中も誅殺出来ない。

 ……北の帝国に加えて、東大陸の国の支援もあった。

 弱腰と批難しつつも、自分達とて事態を打開する妙案はなく、されど尚武の国の自負がある。

 貴族の殆んどは、王を批難する事でプライドを満たしていたと自覚がある。

 ぞれを酌んでくれていた王への感謝もある。

 それが、今、逆転する!

 戴冠以来、軍事侵攻をしなかった王がケランド王国への制裁を宣言した。

 今、弱腰の王は、戦略に長けた賢君へとその呼び名を変えるだろう。

 そこに立ち会った貴族達が熱を帯びるのも当然の話だ。


「さて、軍の編成については、後程指図がある故、今は概略のみとなるが……。

 北以外の貴族は、南西から侵攻する王国軍で受け入れ、北部閥のみオドース侯爵を主と北部諸侯軍編成を命じる」


 静かな熱気に内心喜びつつ、軍編について指示するアガーム8世。

 彼とて好きで、弱腰の王と呼ばれていたわけではない。

 だからこそ、唯一ともなりそうな汚名返上の時を迎えた幸運を噛み締めている。


 ……だから気付かない。

 群衆に紛れる様に嫌な視線を向けている一部の貴族に……。

 アガームに住む大半の貴族は忘れている。

 軍拡主義と言う言葉と共に、魔物領域を解放していき、領土を拡げていった人間が多いから……。


 ……元々、アガーム地方はラロル帝国と東大陸を往き来する船が難破すると、中央大陸沿いに南下する潮に流されて辿り着く土地であった。

 難破船の生き残った船乗り達が、土着した複数の部落群。

 そこに大陸中央の方から、やって来た竜司祭が受け入れられて誕生したのが、竜を"崇む"王国である。

 薄いながらも竜の血を引く龍人族の末裔に、竜の力を引き出す司祭が加わって、魔物領域解放を進めたのがアガーム王国の前身。

 国の枠組みが出来上がると、最も強い力を持っていた者が王となり、竜司祭は王国の北方で貴族化した。

 そこで終われば良い話なのだが……。


 当然のように反発した部族もあるし、何よりアーランド以外の東大陸国から入植していた部落もあった。

 それらを武力で抑え込んだアガーム王国。

 王国の上層部は、長い年月によって民族同化が進み今では同胞だと考えている。


 ……或いは常時であれば、本当にそうなっていたのかもしれない。

 暗躍の影がなければ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る