第433話 とある貴族達の謀

「……そろそろ、出港した頃合いかね」

「……でございますね」


 ラロル帝都で一等地とも呼べる地区で、他の屋敷に比べるべくもない豪邸サンドロード侯爵邸。

 その執務室の主の呟きに、同年代の老執事が同意する。

 連日の夜会参加で、溜まった書類仕事の息抜きに丁度良い話題として……。


「しかし、本当に旦那様の目論見通りに進むのでしょうか?」

「さてな?

 だが、元々巨竜の動きに合わせて、少しばかり種を蒔いただけにすぎん。

 半分も達成出来れば十分よ」


 懸念を述べる懐刀に、老侯爵は首を傾げて笑う。

 それは好々爺のような笑い顔だが、


「少なくとも、儂らの本拠地ラグーンからビンセント伯爵の治めるライネルまでは影響下に置いた。

 後はあの辺境伯殿が契約を結ぶ港街までの街道を整備すれば良いだけだ。

 それも陛下が主導されることだろう」


 言っていることは欲深な利益の皮算用である。


「いえ、そちらではなく……」

「南の方の具合か?

 さすがにそこまで読めんよ。

 じゃが、あの賢君が大きな火種を抱えてまで、ケランドに執着するかね?」

「確かに……。

 南部閥も動けないわけですし……」


 後方に不安を抱える貴族が、自領よりも国を優先するとは考えにくい。

 特にラロル帝国よりも貴族の自主性が強い南側にある国では……。


「だが、絶対にとは言えんな。

 しかし、あの辺境伯が急に動いたせいで仕込みが遅れたのも事実じゃ。

 ならば、成功すれば御の字と言うべきだろう」

「……そうでございますね。

 ですが、なおのこと辺境伯殿にお話を持っていかれるべきではございませんか?

 彼の御家が動かれればご破算となるやも……」


 マウントホーク家との縁が深いわけではないが、当主の表舞台登場から、今回のラロル訪問をみれば、ユーリスが正義感や良心を主体にしていないのは分かりきった話。

 ならば、手を取ると言う選択もあるはずだが……。


「怪しまれるだけじゃよ。

 何処ぞのバカ公爵が使者と共謀した1件は、そなたも知っていよう?」

「あれは……」


 侯爵の出した1件に、直ぐ様思い至った執事が頭を押さえる。

 あの1件はまともな貴族とそれに仕える家の者なら、まずやらない愚行だ。

 確かに港の使用権となれば、権力の低下と言う側面は大きいが、それ以上にマウントホーク家と東大陸の交易で発生する利益のお零れは大きい。

 だからこそ、皇室は公爵家に委ねたのに自爆した。

 あの家はあれを機に転封及び降爵をされることで責任を取った形となるが、帝国そのものは辺境伯家から白い目で視られていることだろう。


「目と鼻の先しか見えない者が、貴族筆頭だとか怖い話じゃよな?

 だからこそ、辺境伯殿にはまともな貴族がいると印象付ける。

 手を組むのはそれからじゃ」

「……なるほど。

 今回手を差し出しても、どうせ転けるだろうと軽く見られるかもしれませんですな……」

「うむ。

 そうなれば信用のあるアガーム王国へ情報提供があるかもしれん」


 そもそも、サンドロード侯爵の謀自体が、ハイリスクハイリターンの代物。

 それを能力に懐疑的な人間が受け入れるとは思えないと言うのも正しい。

 それよりもリスクの低い方針を選ぶのが普通だろうが、それをされては、元より低めの成功率を更に下げるのが落ちだった。


「まあ良い。

 連中も匙加減を間違えるほど間抜けではないだろう」

「……でございますね。

 幾ら荒事慣れした漁師と言えども、正規の兵と敵対する愚行は起こさないかと」

「後は扇動している人間がバカでないことを祈るのみか」


 侯爵の行動は裏方の更に裏側。

 直接関与する訳ではないので、必然的に確実性は落ちる。


「……ですな。

 正直な話ですが、私は年甲斐もなくワクワクしております」

「これこれ。

 あまり不謹慎な事を申すな。

 ……儂も楽しみではあるがな」


 歴史ある大国の高位貴族やその側近ともなれば、保守的な行動が義務とも言える状況。

 そんな彼らに取っては、ユーリスの巻き起こす騒動に乗じて、少し場を引っ掻き回す行いも初めての悪戯のような物。

 心底、楽しそうな表情になるのも仕方ないのかもしれないのだった……。

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