第436話 海の決まり 表
「さて、マウントホーク辺境伯家も船の管理をする立場を得られるわけですからな」
と言う言葉を受けて、目的地到着までの船旅の期間は航海に対する講習を受ける身の上となった俺と娘2人。
マーマ湖で定期船を運行しているから、厳密には船の管理は2台目だが、実質独占状態の定期船と異なり、今乗っている船は諸外国との交易を行うので、下手に反感を買うような真似は避けたいのも事実。
と言う具合に講義を受けることが決まった。
「まず、第一に覚えておいていただきたいのは、交易船の運行を始めますと、海賊嫌疑を頻繁に受けると言う事実です」
初っ端から、とんでもない内容が出てくる。
日本では考えられない話だが……。
「……貴族の方々に最初に言うと、皆さんそういう顔になりますよ」
眉を潜めた顔を見て、苦笑された。
良くあることと言うことだろう。
「航海中の海の上では、各国の法律による拘束力は機能しません。
ですが、貴族の殆んどは法が効力を発揮しない場、と言う状況事態に縁がない。
ダンジョンで慣らした辺境伯殿であれば、多少はその認識にもご理解あるのではとも思いましたが……」
「ダンジョンを例に出されても困る話だな。
ダンジョンはあくまでも陸地にあり、その陸地は何処かの国の支配下にある。
その国の法律に従うのが基本だから」
と返答はしたものの、ベルトン卿の言いたいことも分からないではない。
ダンジョンの中であれば、殺人や強盗も幾らでも誤魔化せるだろうと言う話だろう。
だが、普通にダンジョンへ潜る人間は、まず考えないことである。
魔物と言う敵が出てくる空間に挑むのに、同業者からも不信感を買えば、危険度が増してしまう。
"アイツと同時期に潜ると消息を立つ"なんて評判が立てば、不測の事態になっても怪しい奴だから助けないと見捨てられる。
稼業の長い冒険者や深層探索をする冒険者程、それを体感しているので、人格的に善性を帯びる。
或いはダメな人格の冒険者が、死に易いだけかもしれないが……。
その辺は卵と鶏の理論だな。
「確かに、そう言う意味ではダンジョンと海上では違うかもしれませんね」
「まあ、言いたいことは分かる。
だが、冒険者と言うのは意外と礼儀を弁えているものだ。
ダンジョンでは、そうでない人間から死んでいくのでな」
……一部、非常に狡猾な例外もいるだろうが、まさに例外的な少数派だろう。
「なるほど。
そう言う点は真逆かもしれませんな。
海の上では、バカ正直な人間から死んでいくので……」
「と言うと?」
「広い外洋の真ん中で、船が壊されれば遅かれ早かれ死ぬしかない運命です。
なので、不審者は事前排除が基本。
結果、海賊扱いを受けても、命さえあれば後で取り返しがききますので……」
「……確かに」
殺伐とした話であるが、理解も出来る。
下手に手を貸して善行を積んでも、船を奪われればそれで人生終了だからな。
だが、
「それだとまともに交易なんて成り立たんだろうに」
「その通りです。
自分達の家族を殺したかも知れない連中と取引は出来ませんし、船乗りとて毎回毎回他の船とすれ違う度に、相手を警戒していては病んでしまいます」
……ストレスフル過ぎるわな。
元々、航海なんて命を賭ける商売なのだし。
「その状況を少しでも緩和する方法として、各国が条約を結んでいます。
それが交易船条約と呼ばれる物でして、最も基本となる指針として、正面衝突の危険がある場合は互いに進行方向に対して、右手側に旋回回避する事と言う物があります」
「……確かにそれならすれ違えるな」
「加えて、相手がそれに反した場合は海賊船として、討伐する事を許可する指針もありますので……」
身構える猶予があるだけ、ストレスが緩和すると言うことか。
逆にまともな行動を取っていた船との諍いはない。
帆船が方向転換するとなると、かなり大回りで旋回しないと無理だし、その間に略奪対象に逃げられるのが落ちだ。
……だが、
「それだと、どちらが海賊だったかと言う結論は出ませんよね?」
俺の疑問はマナが代弁した。
……そうなのだ。
大抵の場合、片方の船とその船員しか生き残らないだろう。
そして、生き残った方が海の上で、本当に真っ当な行動をした保証はない。
逆に両方とも、略奪目的の海賊船だったと言う落ちさえあるかもしれないのだ。
「ええ。
それについては……」
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