第426話 自称忠臣

「……本当に何事だよ」


 どうせ娘2人がいるのだろうな……。

 と、諦め半分に向かった先には首から上を残して、水に飲み込まれた男達が数人。

 漫画やアニメで良くある絵面だが、現実世界ではコスパが悪すぎる拘束をされている状況の連中の中には、ケビンズの私邸で見たことのある顔が1つ。


「私達を~、連れ去ろうとした~、おバカ達ですよ~」

「……」


 訳が分からん。

 着ている服が良いからと、街のアウトローに目を付けられる。

 或いは、見慣れぬ他国人への牽制から貴族の私兵が動くなら分かるが、皇帝の私兵による干渉が何故起こるのだ?


「……ゴレアス。

 お前さん、伯父に嫌われてたのか?」

「そんな訳ないでしょ!

 お前達! これは一体どういうことだ?!」


 俺達の案内兼監視役兼護衛である騎士へ訊ねる。

 皇帝から俺達に付けられた騎士の前で、護衛対象が皇帝の配下に拐われたとなれば、護衛役のゴレアスを嵌めたかったと考えるのが妥当だと思うが?


「……ご、ゴレアス様!

 これはその……」

「……まずは場所を移そう。

 ここでは様々な人の目がある」


 それぞれ騎士と使用人と言う、本来なら人目が有った方が良い立場だが、今回は発展すればマウントホーク家とラロル帝のスキャンダルに繋がりかねない状況だけに、移動を指示する。


「……はい」

「…………」


 渋々納得したゴレアスに対し、睨み付けたままに沈黙する使用人の男。

 ……部外者である俺の指示には従いたくないらしい。

 となると、一応ゴレアスが主君筋だと認識していることになるし、それならケビンズがゴレアスを排除しようとした訳ではないとなる。


「貴様の行いはそのまま主の体面に繋がる。

 ……弁えよ」

「……はい」


 それを受けてやっと従う気になる男。

 こっちは敢えて、ケビンズの名前を出さないように注意していると言うのに、無駄な手間を掛けさせてからに……。








 ゴレアスの先導の元、俺とマナ、拘束中の水を操って付いてくるレナと言う珍道中は、ケビンズの私邸中庭まで続いた。

 スライムに捕らえられたような連中を連れては、下手に馬車に乗れないし、それはしょうがないのだが、この屋敷が将来化け物屋敷と呼ばれるだろうことは想像にかたくない。

 まあ、使用人を御せていないケビンズの自業自得だし放っておこう。


「……さて、ブログ!

 お前達は何をしようとしていた!

 事と次第によっては……」

「待った。

 まずはマナとレナへの確認が先だ。

 2人は、何故俺達の側を離れた?」


 いきり立つゴレアスには悪いが、下手に使用人の男を問い詰める事から始めると、無いとは思うがゴレアスがこのブログ達と共謀していた場合に後手に回る。

 まず、我が家の娘達への質問を先に回して、主導権を押さえたい。


「「……」」

「……私が言うわよ?」

「分かりました~」


 互いに少し顔を見合わせた後に、マナがメインで話すと決めたらしい。


「ママから内々の手紙が届いたので、付いてきて欲しいと言われたの。

 これはトラブルに巻き込まれるなって思ったから、面白、……じゃなかった。

 今の内に対応しようとして、パパから離れたわ」

「……どうやって?」


 ひとまず、方法を訊ねる。

 敢えてトラブルに飛び込む点は問題だが、異国で相手側に地の利があることを加味すれば、マナの判断が正しいとも言えるのだ。

 強いて言うなら、俺に連絡をしていないのが問題だが、マナとレナの能力を考えれば、充分に対処可能と言う判断も間違いではないし……。


「私が~、気配を~、隠ぺ~しましたよ~?」

「……ゴレアス。

 そちらの言い分を訊きたい」


 真竜種のレナによる隠蔽を注視もしていない状況で感知とか不可能過ぎるので、無駄な追及は止めて、ブログとやらの言い分を訊くことにした。

 これではゴレアス以上に娘達の方が共犯者に近いし……。


「……その態度が悪いのだ!

 我らが皇帝陛下を格下のように扱う不遜な外国貴族が!

 弱みを握ったと得意振るのも大概にしろ!」

「…………」

「……と言うことらしいです」


 あまりにお粗末な態度と言い分に呆れるしかない俺。

 ゴレアスも疲れた顔でいるところを見るに、同意見のようだ。

 つまり、グリフォン関連でケビンズに対して、優位に立っている他国の貴族が気に食わない。

 だが、現状では俺に頼るしかないから、娘達を拐かして、交渉をイーブンに持ってこようとしたと言うわけか?

 ……使用人風情が勝手に?


「……突っ込み処が多過ぎて頭が痛くなる話だな。

 まず、グリフォンに悩まされているのは我が国の兵が弱いことが原因だ。

 その対応をしてもらう立場の我々が、マウントホーク卿の下に扱われるのは自然な話だろう。

 それが嫌なら、我が国が自力でグリフォンを討伐するしかない」


 あまりに馬鹿げだ状況に、困惑気味の俺を置いて、ブログとやらに向き合うことにしたゴレアスが説明を始める。


「しかし、我々がグリフォンの被害を受けているのもこの男の不手際が……」

「馬鹿者が。

 辺境伯閣下は土地を得るための手段として、グリフォンを追い出したのだぞ?

 それが帝国南部の山脈に棲み着いたことの何処に不手際がある。

 目的の土地を得ているではないか!」

「しかし!」


 ……ゴレアスの奴、思ったよりも政治的なセンスがあるな。

 自国の被害に目を曇らせるでもなく、俺と自分達の状況を別けて考えられる点は評価に値する。


「強いて言うなら、グリフォンが棲み着く隙を晒した我が国の落ち度だ!

 これ以上無様を晒すな!」

「……」


 ゴレアスの一喝に黙りこくるブログ。

 その男に対して、俺はそれ以上に気になる点を訊ねることにした。


「……と言うよりもだ。

 うちの娘を拐ったとして……。

 俺が意趣返しに帝国の内部にグリフォンを誘導したらどうする気だったんだ?」

「……え?!」

「俺がラロル帝国を直接攻撃すれば大問題だがな?

 グリフォンを山脈西側から追い立てて、ラロル帝国街道沿いの街近辺に追い込んで放置したら?

 それを態とだと証明出来るか?」

「そ! え? そんな!」


 混乱するブログの顔はどんどん青さを増していく。

 いつぞやの使者もそうだったが、何故、その可能性に至らないのだろうな……。

 自分の対応力の外にある事柄を依頼するなら、その相手から万に一つも敵意を向けられないように、へりくだるのは自然だろうと思うのだが……。


「……つくづく浅慮に過ぎる。

 その程度の懸念も分からない状態で、本当に陛下を思わったと言った所で誰が信じるのだ?」

「……」

「確かに皇帝へのアピールのために暴走したと疑われても不思議ではないな」


 ゴレアスの指摘に意気消沈のブログに、追い討ちを掛けて止めを差す。

 浅慮な自称忠臣が迎える結末等、軒並みそんな物でしかないのだ。


「それでゴレアス。

 この男は何処の出だ?」

「……」


 俺の質問に更に顔を青ざめるブログ。

 大方、一族にも処罰が及ぶと考えたのだろう。

 誰かしらの手を借りているのも事実だし……。


「…………ライチェン伯爵家の傍系筋ですので、歴とした貴族の出ですよ」


 だが、青ざめるブログと異なり、ゴレアスの方は正確に俺の求める答えを返してきた。

 帝国内での俺は、辺境伯としての地位も持っているただの冒険者である。

 その血縁の誘拐未遂で、表立っての処罰は出来ない等、少し頭を巡らせれば分かりそうなことだろうに……。


「……見た感じ態とじゃないような?」

「大丈夫かと思います。

 ライチェン家は初代に従った兵士のまとめ役を祖としています」


 念のため、俺の目に留まるために態とこんな失態を犯したわけじゃないかを確認する。

 傍目には情けない失態の連発だが、ファーラシアの王宮貴族ならそれくらいの道化は余裕でやるからな。


「じゃあ、処罰は任せるぞ?」

「……ですよね。

 傍目にはご褒美ですけど……」


 冒険者として入国している俺達には、表立って謝罪出来ないケビンズ以下ラロル帝室上層部だが、下手に落とし処を作らないとラヘット経由で、トルシェ達の報復が待っている。

 ならば、本人とその家族には罰として、ゴレアスの家来となり働かせる必要がある。

 大国の皇帝忠臣から、新興国の陪臣となればかなりの格落ちだ。

 支援したライチェン伯爵家は、このブログへの援助と言う形で金や人材を出させるのが罰金代わり。


 ……ゴレアスが言うように革新的な人物ならご褒美だわな。

 ブログは明らかに保守傾向の人間だけど。


「……レナ。

 悪戯は程々にな?」

「なんのことです~?」


 しらばっくれるようだが、派手な拘束とか明らかに大事にする気満々だったじゃないか。

 何で事件にする必要もない出来事を態々事件に発展させるかな?


 ……少し、娘達への監視を強めようと考える今日この頃であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る