第425話 帝国諸事情

 パンチが効いた香辛料まみれの肉串に齧りつく。

 胡椒と唐辛子の味が豚の油とマッチしたそれは、貴族家の晩餐料理とは違う味わい。美味と言うより旨いと表現したい。


「よくそんな物を食べれますね?」


 そんな肉串を頬張る俺と娘2人を呆れた顔で見てくる騎士。

 まあ、今は騎士姿ではなく、仕立ての良い平民服なのだが……。


「お前こそ、元皇族っても騎士だろう?

 こういうのを食べ馴れていないのか?」


 シュール達も元は高位貴族の子息だが、屋台の食事に抵抗はない。

 騎士になった時点で、野外での食糧調達訓練を受けているとのことで、塩で焼いただけの肉でも抵抗ないと言っていた。

 それに比べて、屋台でまともに調理されている肉串も食えないなんて……。


「何処の貧乏子息の話ですか?

 一兵卒じゃあるまいし、騎士が屋台で食事をすませるなんて……」

「……まあ良い」


 ラロル帝国の騎士は、他国のように練兵時にサバイバル訓練を受けるようなこともなさそうだと思いつつ、敢えて反論はしない。

 ……シュールの話では、討伐任務等を受けた騎士の死因は6割餓死だとかで、食糧の現地調達技術は必須だと言う話だったが、元皇族にそんな危険な任務は回さないのかもしれないし。


「引っ掛かる言い方ですね?」

「……屋台の料理も食べられない軟弱ぶりで、本当にグリフォン退治に同行出来るのかと疑問に思っただけだ」


 むすっとした顔の騎士へ指摘を入れる。


「……」

「血抜きして塩振っただけの焼き肉のみとかも普通にあり得るからな?

 ……まあ、自分の分は自分で用意するのだから、高級店の料理を持っていっても文句は言わんがな」


 俺の指摘に自分でも思う所があるのか、黙り込む騎士へ追い討ちを掛けつつ、残りの肉を口に入れる。


「……。

 ……どうしてこうなったんでしょうか?」


 しばらくの沈黙の後に、呻くような声を出す騎士。


「ラロル皇帝であるお前の叔父のせいじゃないのか?」


 更にその原因は、俺がラロル帝国からに移民を依頼したからだが、本来なら数多いる中級ないし下級貴族の次男や三男と言った連中を派遣する所を、敢えて自分の甥っ子を出している時点で、ケビンズが原因と称して問題ないだろう。

 もっと言えば、


「……と言うよりも、何でお前が派遣されるのか、俺には分からん」


 と、正直な感想を述べて肩を竦める。

 俺が真竜種だと知っているケビンズが、まさかラロル帝の甥っ子になら気を使うと考えているとも思えんし……。


「……我が国の帝室に産まれた人間がどうなるか、知ってみえますか?」

「いや?」

「……ですよね。

 歴史ある大国と言うものの、中央大陸に置ける我が国の扱いは、良くて2番手。

 それもアガーム王国が気を使ってくれるお陰でしかありませんから」


 他の帝国人が聞けば、激昂しそうな俺の即答に苦笑で返す男。

 その態度は、これまでのラロル人との違いに違和感を覚えるもの。

 俺の正体を知るケビンズなら、ともかく将来家臣になる予定があるだけの、この男が苦笑する様が不思議だった。


「帝国の臣民には言えない話ですがね?

 小国群や山脈に隔てられた我が国の大陸の中央への影響力なんてその程度なんですよ。

 まあ、歴史はありますし、他国から攻められたことのない強国って自負もあるんでしょうが……」


 中央の国々が、何だかんだと小競合いをしているのに比べれば、侵攻されたことがない国が強国と言うのも間違いじゃない。……のか?

 喧嘩をしたことがなければ、喧嘩無敗と言うのは子供の理屈の気もするが……。


「話を戻しますけど、帝室で皇位を継げるのは当然1人。

 後の兄弟姉妹がどうなるかですがね?

 爵位を求めるなら東大陸に渡って、そちらで婚姻。

 この国に残りたいなら騎士として独立する決まりなんですよ」

「?」


 妙な制度だと思わず首を傾げてしまった。

 普通はスペアとなる公爵家等が残るのではないのか?

 ファーラシアも一般的な公爵制度は取っていないが、血筋のスペックはある訳だし……。


「我々の始祖は、竜王ラヘット様に命じられてこの地に国を拓いた戦士です。

 サザーラントに対抗して帝国と号していますが、竜王陛下の臣下として観られる場合は、辺境伯として扱われます。

 故にラロル領内で新たな分家を興すことは赦されておりません」

「……なるほど」


 中世の地球でも辺境を治める貴族が、対外的に王を名乗ることを赦された歴史がある。

 それは本国による自衛の為の知恵だ。

 幾ら権限の大きい辺境伯でも兵数には、上限が設けられる。

 だが、最前線でそんなことを言っていられない場合等に、大公や王の号を与えるのは普通の話。

 強いて言うなら、"帝国"の上に"王国"があることだが、ラヘットとやらも帝号を名乗る程バカではなかったと言う具合か。

 帝号を持つ真竜達を差し置いて、勝手に帝位を名乗れば、確実に殺されるだろうし……。


「……となるとこの国の公爵とかは」

「初代に従ったラロル地方の有力者達です」

「……」


 ……その割に尊大だな。


「皇帝陛下を除いて、皇族のいない我が国では、実質的に高位貴族の権力が強いので……」

「……国内情勢だけを俯瞰すればと言うことか。

 それが国外でも通用すると思っているとはな……」


 引きこもりの内弁慶が、外でも通用すると勘違いして暴走するとか……。

 ケビンズの奴が苦労するわけだな。


「……はい。

 困った話ですけど……」

「キャアァァ!」


 !

 悲鳴?

 いない!

 ……悲鳴を受けて、娘達の様子を窺おうとすると、うちの娘2人がいない。

 もうこの時点で嫌な予感しかしないんだが。


「……行ってみましょう」

「……そうだな」


 娘達が騒ぎを起こしたのだろうなと諦め気分のままに、声の挙がった方を目指す俺達だった。

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