第427話 逆恨みの国
トラシア王国とラロル帝国の間には4つの国があり、その内の2国を経由しなくては、両国の行き来は出来ない。
元々、三叉路を握っており、経済的に豊かなトラシア王国がラロル帝国への野心を見せた時に対する防衛機構として、4つの貴族家を王族化させたのが始まりとなる国々。
従属下の手下なら保護が必要だが、独立した同盟者なら自立採算で放置出来ると言う思惑は、近代の奴隷解放運動に通じる物だが、今回はその内の1つであるチッサ王国の問題。
チッサ王国は王都と宿街3つ。農村数個を抱えるだけの小国。
ファーラシアならば子爵家と同格程度の国である。
だが、歴史はある。
現国王が初代から27代目のチッサ家当主であり、国王としても14代目を数える伝統ある家柄だ。
そんな歴史はある家柄故か新興勢力を見下す癖が、末端の臣下に至るまで染み渡っていた。
そんな誇りある一族に迎えてやろうとしたにも関わらず、自分達を袖にした憎い成り上がり女がいた。
名はミネット・ファーゼル。旧姓をミネット・ファーラシアと言う。
その原因となったのがファーラシア王国の継承権争いであり、変な横槍がなければ側室となったミネットへの支度金を背景に周辺への影響力を増やすと言う青写真が描けた。
それが破綻したことにより、手に入る筈だった大金が消えたばかりか、チッサ、ブナンナに属する商人に対する入国税を引き上げる制裁まで受ける羽目になった。
レンターやユーリスによる意趣返しと言うよりは、ジンバル宰相始めとするファーラシアの官僚が、自国の王女を一方的に婚約破棄したチッサ王国に属する者が信用出来なくなったと言うだけの当然の話。
国の代表が信用出来ないのに、その民を信用するのは難しい。
だから、その分いざと言う時の補償金を多く取り立てているわけだ。
だが、チッサ王家の人間は、ファーラシアによる報復と考えた。
しかも……。
ラロル帝国とマウントホーク辺境伯家の関係性の悪化を受けてただでさえ少ない商人の行き来が、更に減ってチッサ王国では、王族でさえ明日の食事に不安を覚える羽目になった。
……これもユーリス・マウントホークのせい。
もはや、ここまで来ると自分達が攻撃されているとしか思えない。
チッサ国王はそう感じた。
息子のやらかしを棚に上げて……。
そんなチッサ国王の元に、宿敵と思い込んでいるユーリス・マウントホークを乗せた馬車がチッサ国内を通って、ラロル帝国へ向かうと言う情報が入ってくる。
……ご丁寧にトラシア王国の護衛付きで。
普通なら、ラロルとマウントホーク間の関係改善に向けた光明を喜ぶ所だが、誇り高いチッサ国王は自分が虚仮にされたと憤る。
自分達を無視しているのだ!
……気にも留めていないとは思わない。
「引き摺ってでも連れてこい!」
「「ハハッ!」」
激昂気味のチッサ王は、ユーリスの捕縛を大臣の1人に命じ、同じく勝手に侮辱を味わっていた大臣もその命令に揚々と応じた。
それが警護しているトラシア王国への宣戦布告に等しいと理解出来ずに……。
数刻の後。
「た、大変です!」
王国騎士団を束ねる騎士団長が、慌てて王の執務室を訪れる。
その慌ただしい様子にユーリスを捕らえて、その莫大な財産を思うままにする妄想に夢を馳せていたチッサ王は不快そうに眉を潜める。
「何事だ!
騒々しい!」
「陛下!
大変でございます!
軍務大臣直轄の小部隊が、トラシア王国の外務大臣御一行を捕縛しようと為されました!
しかも、外務大臣御一行はトラシア国王陛下よりラロル皇帝陛下への御親書を運んでいる最中とのことです!」
ーーカラン……。
不快感のままに、騎士団長へ問い質したチッサ国王は団長の報告を受けて放心する。
……手から離れた万年筆の転がる音が響く。
「……何故、そのようなことが起こる!
それでは我が国は、トラシア王国とラロル帝国の両方を侮辱したことになるではないか!」
「それは我々がお尋ね致したい所でございます!
外務大臣の護衛部隊に捕らえられた兵士は、我が国の軍務大臣。延いては陛下のご命令であると奏上しております!」
「……何をバカな」
騎士団長の怒声混じりの声に、対して絞り出すように悪態を付くので精一杯の国王。
その様子から、兵士達の奏上が事実であると悟った団長は頭痛を堪えるように頭を押さえる。
それは真っ当な政治が為されているなら、あり得ない事態なのだ。
まず、捕らえようとしたのが外務大臣と言う立場の相手であることがあり得ない。
外交官僚のトップと言うのは、互いに矛を交えている戦時下の国同士であっても、まず捕らえられることのない。
ある意味特別な存在である。
相手の国を完全に滅ぼすならともかく、普通の戦争はある程度の落とし処で決着を付ける。
……まあ、ユーリスが関わったサザーラントやマーキルは、表向き殲滅戦の様相となったが、実際は相手国の内部の人員を取り込んでの併合である。
そのような戦争であっても、戦勝国ファーラシアの疲弊具合は凄まじく、それを視れば殲滅戦争が如何に回避すべきかは自明。
その際に、窓口として機能するのが、相手国と接点を持つ貴族であり外交官僚なのだ。
そんな外交官僚のトップに危害を加えようとした非常識な男を、主君に持つことが判明してしまった騎士団長の苦悩は深い。
更に、親書を運んでいる最中であったと言う事実。
それは外務大臣がトラシア王国の代表として、ラロル帝国へ赴いていく最中であったと言う証明であり、両国へ言い掛かりを付けようとしたと受け取られても反論出来ない行いである。
誰だって、人に送った手紙を第三者に見られたいとは思わないのが普通だから……。
「……何故こうなった」
沈黙の執務室に、主の声が響く。
だが、それに対する答えを持つ者は、部屋の何処にもいなかった。
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