第418話 休学申請交渉

 シーサーペント退治も棚上げにして、サザーラント方面に関するゴタゴタも一段落。

 なので、当初の予定通りにマナとレナを引き連れて、辺境伯領開発に注力することにする。

 ニューゲートからドラグネアまで竜形態で移動して、シュールにその旨を報告するれば大歓迎の意を受ける。

 ……まあ、俺達3人に出来ることと言えば、物理面での開発が主体となる。

 そうなれば領地が整う訳で、日頃から陳情に悩まされているシュールには、天の配剤そのものだろう。


「こちらをお持ちください」


 と、記入済みの休学申請書を持って、ミーティアへ送り出される羽目になった。

 元々、休学させる予定を立てていたのは事実だが、それにしても手際が良い。

 その書類をマジックバッグに放り込んで、竜形態でルネイ近郊までひとっ飛び。

 さすがにそこからは徒歩で移動したものの、大陸のほぼ南端から北部寄りのミーティアまで、まともに街で泊まってなお、3日程度の旅程と言うのが竜と人との種族格差を如実に表している。

 馬車や馬で移動していたら、野宿で強行軍してなお、今頃ゼイム領の半ばくらいだぞ?


「……まあ、ミフィアモードが輪を掛けてチートだとも言えるか」

「主様?」


 種族格差以上のチートに思い至った俺の呟きを拾う冬織とうし


「……3日前まで俺はサザーラントにあるルターにいたわけだが、そこから、ここまでの移動距離と時間を考えてな」


 チラッと来客室の扉を確認して、未だに目当ての人物がやって来る気配がないと判断した俺は、自身の推論を確認する目的を兼ねて、今回供をしている霊狐に応える。


「……そうでございますね。

 3日程ですと……。

 私共では、昼夜問わずに走り続けて、森からルネイ辺りが精々でございます。

 そんな私共でも、飛竜達より速い移動速度を自負しておりますので、飛竜の倍くらいが普通の飛翔速度と言われる一般的な真竜様方が、サザーラントから3日で辿り着ける地点は、ドラグネアの辺りかと思われます」

「……なるほど」


 冬織の言う速度は、俺がゼファートモードで飛ぶ際の体感に大体合致する。

 強いて言えば、ゼファートモードの俺では夜通し飛んでもドラグネアまでは無理だろうと言う事くらい。

 まあ、俺は生命属性特化の特殊な竜なので飛翔能力が低くてもおかしくない。

 ……意外と数字を盛っているかもしれないがな。


 ……数年前に飛竜の群れに絡まれた時に振り切れなかったし、大分ステータスが盛られた今でも同じ状況なら無理な気がする。

 他の真竜なら別かもしれないが、飛竜の倍はないだろう。

 ステータスによる能力インフレがあるこの世界。

 そもそも、脚力をダイレクトに地面に伝えられる地上を走る方が速い可能性が高いのでは?

 ……まあ、どうでも良いか。


 そこまで考察を進めて、思考を切り替える。

 俺はこの世界の真理を読み解こうと挑む学者ではない。

 真竜の飛翔速度なんて知っていた所で意味がないし、そんな大して意味がないことを考察する時間は無駄だと思い直した。

 目的の人物がやって来た気配もあるしな!

 ……まあ、ミフィアモードがチートなのは確定だろう。

 重力も空気抵抗も『拒絶』してしまえば、水平方向に等加速出来る。

 それで遅いはずがないのだ。


「失礼しました。

 遅くなって申し訳ない」


 扉を開けてそのまま席に着くのはミーティアの学園を取りまとめる学園長。

 明らかに失礼な態度に、隣の霊狐が静かな怒気を孕ませるが、学園長にそれを気にする気配はない。


「全くだ。

 この程度の学園を治めるのが精々だと言うのも良く分かる」


 向こうの社交辞令に同意して、更に貶める。

 曰く、『無能』だと。


「そうですな。

 私程度では、この学園を治めるのが精々ですので、どうしても優先順位が低い相手にはお待ちいただくことになります。

 ましてや事前の先触れもない相手では……」

「おや、更に自分の愚かさを披露するのかね?

 ずいぶんと変わった趣味をお持ちのようだ」


 お互いにこやかに、"無能""成り上がり者"と罵り合う。

 毒気を抜かれた冬織が困惑するのも、やむを得ないだろうが、これはある種の既定路線でもあった。


 大陸唯一の国際的な教育機関の代表と、それを脅かす可能性がある教育機関の関係者である。

 ……探索者養成学校が、ゼファート領にあると言ってもそこのOBの殆どが、辺境伯家に近い領域で活動しているのだ。

 学校設立の黒幕が俺だと分かっているのも当然だな。

 しかも、徐々に探索以外の学科も増やそうとしている動きは掴んでいるだろう。

 つまりこれまで自分達が独占していた分野に現れた新参の商売敵な訳だな。


「……それで本日のご用向きは?」


 ため息1つで気持ちを切り替えて、不毛な話題を切って本題に入ったようだ。

 実に賢明な判断だろう。

 俺を激昂させるのは無理と見切りを付けるのが早い。

 まあ、まだマナをファーゼル領にある学校へ転校させる準備が終わっていないので、前提が間違っているのだが……。


「娘達を休学させる。

 半年程度を目処にしているが、場合によっては延長もあり得ると思っている」

「……領地経営のためですかな?

 であれば、事務局で対応いたしましたのに」

「……その事務員共が勝手に学園長を呼んだのだよ。

 実に無駄な時間を過ごす羽目になった」


 恨みがましい学園長にそっちのせいだろうと投げ返す。

 こちらは事務局に"休学"を要請すると言って、書類を提出しようとしたのに、学園長へ渡すよう頼まれて、待たされたのだから。


「重ね重ね失礼をいたしました。

 閣下程のファーラシア王国のご重鎮直々のご要請に気が動転していたのでしょう」

「まあ、そういうことにしておこう」


 自分だって、俺が騙し討ちで"退学申請"を出すと思っていたんだろうに、白々しい言い分だ。

 ……まあ、糾弾したところでこちらが不利になるだけだから、黙ることにはするんだがな!

 異様に待たせたのも無礼な態度も、こちらを挑発して、マウントホーク辺境伯を成り上がりとより印象付ける狙い。

 そうなれば、マナがファーゼルの学校に移っても、自分達の方が洗練された学びを提供出来ると吹聴出来る寸法だろうが、勘繰りすぎだと言われれば、それで終わる程度の状況証拠に過ぎん。


「しかし、この程度の規模を運営するのが精一杯の学園長がトップに立つだけはあるな。

 事務方も大したことがない。

 ……今後も高位貴族の来訪に慌てふためくのだろうか」

「…………」


 しかし、俺に喧嘩を売ったのは事実なので、それなりに反撃はさせて貰っておく。

 口外に権力者に媚びへつらう半端者と嗤っておく。

 将来、転校させる時のための布石として……。

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