第417話 東方航路

「お久しぶりでございますな。

 本日はどのようなご用向きで?」


 ミフィアを回収して、すぐにニューゲート領都となったダンベーイへ向かった俺は、ニューゲート巫爵であるラヌア翁直々の歓迎を受ける。

 ……まあ、ラヌア翁自体が俺の部下なのだから当然ではあるが。


「少しばかり懸念事項があってな。

 最近、アガーム方面からやって来ている船の入港表が観たいのだが?」


 ラロル帝国によるサザーラント帝国攻略戦がどこまで進行している状況かも分からないので、当たり障りのないであろうアガーム方面からの入港記録を確認することから始める。

 ラロル帝国軍が補給をするなら確実に、ニューゲート領ペルシャンを利用するはずなのだ。

 小さな漁村では軍団を維持できるだけの補給は難しいし、アイリーン勢力の影響下にある港で補給すれば、ケーミル公爵救出作戦の難易度が上がってしまう。

 吹っ掛けられる覚悟で、ペルシャン港で供給を受けるはずだ。

 しかし、


「……」

「……どうした?」


 ラヌア翁は沈黙で返してくる。


「ここ数年で、アガーム方面から入港した船は数隻の様でございますぞ?

 どうにもシーサーペントが出るようになった難所があるとかでして……」

「……」


 ……なるほど。

 マウントホーク辺境伯によるマーマ湖支配のせいで、交易が上手く行っていないけど、張本人でありながら、公的には別人扱いと言うゼファートに文句を言えない状況な訳だな?

 だから、遠回しながらに状況報告をしたと理解した。


「……よし!

 アガームとの交易路確保を名目に、俺が親征を行おう!」

「……早速準備をさせましょう」


 シーサーペントの討伐を行うことにより、ニューゲート領の税収が上がり、俺はどさくさ紛れにラロル勢の口封じが出来ると言う算段が立つ。

 しかし、


「半年後には出立の目処を立てておきますので、それまでにご準備をいただけますか?」

「……うん?」


 直ぐに出立じゃないのか?

 そりゃ、船の準備だから食糧や水の積み込み等もあるけど、幾ら何でも半年はないだろうに?


「……ゼファート様。

 幾ら、現在のアガーム王国との間が友好的でも事前の根回しは必須ですぞ?

 まず、交易路を拓くことで、交通量の減るアガーム南西部への事情説明。

 次いで、アガーム南東部を治める貴族との相互供給協定の締結。

 それらを仲介して貰えるように、アガーム王宮にも顔を出して貰いませんと……」

「……マジか?」

「ええ」


 逆に時間が必要なのは俺の方であった。

 事前準備の方で心が折れそうである。

 ラヌアの言う内容をコンプリートしようとすると、むしろギリギリの時間制限じゃないか?

 とすら思えてくる。


「……更にはマーマ湖の水霊方への協力要請をマウントホーク卿に要請して頂きませんとなりませんし、そうなるとマーマ湖の航路を行き交う船の数を減便するために、ビジーム方面とも調整が必要ではありませんかな?」

「……半年で足りるかな?」

「……どうでしょうかな?

 別段、シーサーペントの件は後日に回しても問題はありませんぞ?

 アガームへの航路を拓かずともニューゲート領は、十分利益を上げておりますので……」


 ? ……おかしい。

 自領が富めるチャンスをみすみす棒に振る領主がいるだろうか?

 どう考えても……。


 ……あ。

 ラヌアの奴め、今回の挨拶回りでアガーム南東部からマウントホーク領に海産物が入る方が、損益が大きいと読んでいるな?

 ……確かにニューゲート領とビジームの間には邪魔な山があるので、アガームからの方がビジームへ運ばれる海産物は安価になる可能性が高いし。

 しかも、ニューゲートより南は混乱中のアイリーン勢力圏だから、中間交易地としての利益も少ない。


 どうやら、シーサーペント被害をわざと黙っていたように感じる。

 それで、今回アガームからの入港を訊ねたので、俺が感付いたと考えたと……。

 期せずして、ラヌアの痛いところを突いてしまったと言うことか。


 ……どうする?

 先ほど言った手前、航路確保はしなければならないが、俺の目的は悪戯の後始末でしかない。

 ラロル国籍の船を追い返して貰えれば、事は足りる訳で……。

 ラヌア翁も領主として航路開発等は義務だから、上司おれからの要請に拒否権はないし。

 ……しまったな。

 互いに目先に捕らわれて、本末転倒の状況に陥ってしまっている。

 そうだ!


「……そうだな。

 東から海賊が来る事があると言う情報が、ガイゼル巫爵家から伝えられた。

 連中は軍船すらも鹵獲して利用していると言う話でな……」

「……な!」


 俺からのぶっ飛んだ情報に、絶句のラヌア。

 ありもしない海賊騒ぎを起こして有耶無耶にしてしまうことにしたのだ。


「状況からアガーム国籍の船でも、不審な行動があれば危険だと思うだろう?」

「……なるほど。

 では東から来る船については、基本的に入国を拒否いたしましょう」

「そうした方が良いだろうな。

 詳細は任せる」


 俺の言葉にギラリと目を光らせるラヌア。

 海賊対策と称して高い入港税を掠めとる気かねぇ?

 どうせ、シーサーペントのせいで帰りの航路に不安があるのだ。

 船を売って、陸路で帰ろうとする商人等も出るだろうし、そうなればニューゲート領の各地に金を落としてくれる訳だ。

 ……弱っている相手から、更に金をむしり取ろうとする鬼畜な所業ではあるが、元々、領地経営は綺麗事ばかりではないと言うことだ。


「……俺はファーゼル領に戻るとしよう」

「賜りました。

 よろしければ今宵は心ばかりの歓待をさせていただきたいのですが?」

「……任せる」


 戦時下でないニューゲート領に来たのに、歓待を受けないのは、互いの外聞が悪いので了承する。

 ……帰ったら、マナと一緒に領地開発しようと心に誓いつつ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る