第416話 どうやら、宛が外れたらしい?

「ゼファート様!

 お待ちしておりました!」


 レッドサンド経由の遠回りをし、ギーゼルに儀礼剣の準備を頼んで、ルターに戻った俺の元に青い顔のハーダルが駆け込んでくる。

 それを見て嫌な予感を覚えるものの、現状でハーダルの関わる範囲に問題は起こり得ぬはずと思い直す。


「何を慌てている?」

「……一端、執務室へ」


 しかし、本当に何かあったらしい。

 人前で相談しにくい話等、早々思い付かない。


「……どうした?

 アイリーン勢力が大軍で襲ってきたのか?」

「それなら遥かにマシだと思いますが……」


 ゼファートが仮で抑えている執務室のソファーに、どっかりと座り込んで、冗談半分に訊ねてみる。

 今、ハーダルが困る案件なんて、窮鼠猫を噛むが如く、アイリーン勢力が軍を起こす程度くらいしか思い浮かばなかったのだが……。


「……反乱軍領域内で混乱が拡がっております」

「……?

 よく聞こえなかったようだ。

 もう一度、言ってくれ」


 ハーダルの言葉を脳が受け取り拒否している。

 あまりにあり得ない話である。

 真横に強大な敵勢力があり、不穏分子はその勢力に吸収されたばかりだぞ?

 むしろ、団結するのが普通だと思うが?


「反乱軍領域内で内乱が勃発しております。

 ……旗頭はケーミル公爵」

「……」


 ……いつぞや、ケーミル公爵家に仕える人間を嫌がらせ半分で、ラロルに送ったことがあった。

 まさか、九分九厘失敗すると思っていた悪戯が思い掛けずに成功してしまったのか?

 ……そんなバカな。

 最初のラロル帝をその気にさせるのと、次の航路でサザーラント南部へ侵攻は、まあ可能としてもだ。

 アイリーン勢力の連中が幾ら無能の集まりでも、帝城に捕らえたケーミル公爵を連れ出されるなんてあり得んだろ?


「どうやら、ケーミル公爵家の分家筋に当たるケフェラ子爵家の長男が僭称しているようです」

「あ、そう言うことか」

「ゼファート様?」

「……気にするな。

 それで?」


 俺の悪戯がうっかり芽吹いてしまったのかと焦った。

 あの男に自由騎士号を与えて、ラロルに送ったのは事実なので、折角植民地のような状況に追い込んだサザーラントに、手を差し伸べざるを得ないかと思ったじゃないか。


「ケーミル公爵家の本来の後継者であるバンダーにより、ケーミル公爵が殺害されたとのことで、親殺しに爵位を名乗らせるのは不当として、蜂起したようです」

「……アホだろ?」

「……そうですね」


 戦場で互いの手勢を交えて争った挙げ句の親殺しや子殺しならともかく、幽閉中の親を殺すような真似をすれば、ケーミル公爵の二の舞を恐れる人間が一気に離れる。

 親を殺すような冷血漢が上司とか怖すぎるだろ?


「……もうバンダーを処刑して、話を誤魔化すしかないだろ?」

「それが出来ればまだ良いのでしょうが……。

 おそらく、執政を担っているのはそのバンダーなのでは?」

「……」


 もうどうしょうもないやつじゃねえか。


「荒れるな。

 ……もう良いや。

 表向きの交易絶交を事実にしてしまおう。

 仮にブレイン役が訪ねてきても、適当に追い返せ」

「はい。

 ……帝国の至宝等があればいかがいたします?」

「取り上げても良いけど、その時は最初からベリアが持っていたことにしろよ?」


 停戦条約を結ぶにしろ、降伏するにしろ。

 使者はそれなりの貢ぎ物を持ってやってくる。

 貢ぎ物と言うのは建前であり、使者の身分を保証するものであるのが現実なのだ。

 まともな使者を遣わすなら、帝室伝来の品とか複製が難しいのを持ってくることだろう。

 それらは今後の巫爵家の権威付けに利用できるが、それを得ると言うことは使者の存在を認めると言うことでもある。

 危ない橋を渡るなとだけ忠告することにした。


「領内で強盗に襲わせるのはいかがですか?」

「治安維持に掛かるコストと相談すれば良い」


 大荷物ならば、ベリアが持ち出したのは不自然だから、強盗に襲わせて使者に会わずに奪って良いかと訊ねてくるが、それで発生するデメリットを解消できるのが条件だと返すことにした。


「……さて、俺はこれからニューゲート領に向かう。

 アガームと航路を結びたいと言う建前でな?」

「……とおっしゃいますと?」

「ラロルに嫌がらせをしようとして、ケーミル公爵の私兵に騎士称号を送ったことがある。

 それが今の内乱勢力と結び付くのは避けたい」

「……口封じじゃないですか」

「まあな」


 危うく、危険なリスクを放置してしまうとこだったと呟くが、ハーダルからは呆れられてしまう。

 まあ身から出た錆なので致し方ない。

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