第410話 とある少女の願い

「……あの!

 グラッドさん!」


 サザーラント人達のレベルアップを目的とするダンジョンアタックも1週間を過ぎ、第一陣と共にダンジョンからの帰路につくこととなったグラッド。

 今回の探索で気になった点を、第二陣担当の副団長に連絡すれば第三陣の出立までは、休暇とデスクワークの日々である。

 ましてや護衛対象の命を預かっている重責からの解放もあり、自然と足取りが軽くなっていた。

 そんなグラッドに参加者の少女が1人声を掛けてくる。


「うん?

 どうかしたのかね?」

「……あのぅ。

 私、その……」


 視線を合わせるグラッドに、モジモジと口ごもる少女。

 その様子に、グラッドの年齢と同じだけ刻んできた彼女いない歴の勘が冴え、


「グラッドさんのような探索者になりたいんです!

 どうしたらなれますか?!」


 ……ることもなく、ただの将来の希望を聞かされただけになった。

 下手な下級兵士よりも稼いでいるのに、未だ嫁の宛てがないのは、人生の絶頂期にいる現在のグラッドが抱える数少ない悩みなのだ。

 まあ、十代前半の少女に惚れられても困るのだろうが……。


「……そうだな。

 探索者養成学校と言うのが、ファーゼル領にある。

 そこを卒業すれば探索者として活動する資格を得られるので、まずそれが前提だ」

「……勝手に名乗っては駄目なのかね?」


 少女の隣を歩いていた男性がグラッドに尋ねる。

 2人の距離感から少女の身内だろうと思いつつ、


「絶対にそれはするな!

 探索者と言うのは、ファーラシア王国と守護竜ゼファート様の公認を受けた資格なんだ。

 勝手に名乗れば極刑となる。

 探索者になれなければ、冒険者を名乗るんだ」


 強い口調で忠告するグラッド。

 探索者養成学校でも、入学最初期にその可能性を言及されていたが、大半は鵜呑みにせずに僭称して、行方を眩ませていったのだ。

 情報網が脆弱な上に命の軽いこの世界で、生き別れた知り合いの行方不明は茶飯事でもあるが、行方を眩ませる前後に、僭称していると噂されていた連中の指名手配書が掲示されていたので、彼らの未来は想像に固くない。

 ……故に、新しく知り合った少女が指名手配犯として狙われる未来を見たくないと強く言い聞かせる。


「しかし、勝手に名乗っても分からないんじゃないか?」

「そんな甘いことはない。

 そもそも探索者への依頼は、探索者ギルドを仲介することになっているし、ギルドのない街では領主が探索者の派遣を国へ要請することになっている。

 モグリで探索者活動は出来ない。

 緊急性が高い場合に特例として、近隣の探索者に直接依頼することは出来るが、事後報告の義務があり、怠れば罰金刑が課せられるからな?

 絶対にバレるように制度が造られている」


 この親が唆せば大変だと詳しく解説するグラッド。


「……」

「探索者が高い質を保つには、相応の管理が必要なのだ。

 分かったら無茶はしないようにな?」


 改めて念を押すグラッド。

 しかし、


「……それでは探索者になれるのは、一部の富裕層の人間だけでは?」


 腑に落ちない顔を浮かべる父親。

 どうやら、娘の将来を心配しての問い掛けのようだと、知って少しトーンダウンするグラッド。


「……探索者養成学校は最初の1週は無条件に無料で通える。

 衣食住も込みでな。

 次の週からは篩分けがあるが、週末のテストで良い点数を取れば、翌週も無料だ。

 だから、うちのクランメンバーは殆んど金を払っていないし、落第さえ免れれば学校生徒専用のアルバイトの斡旋で卒業まで通えるようになっている。

 優良生徒にもアルバイトの許可が降りているから、私達は学校に通いながら、仕事をして貯めた金で探索者用の初期装備を整えたくらいだ」

「「「……」」」


 当初を懐かしみながら語るグラッドに、少女達だけでなく、周囲がドン引きする。

 国家として統治が長く安定するほど、同じ階層から抜け出しにくくなるし、国もそういう動きをする。

 もちろん、抜け道を用意しそれを見付けた優秀な人間を引き上げたりもするが、抜け道を見付けられる人間と言うのは、飛び抜けて優秀でなくては難しい仕組みを敷くことが多い。


 サザーラントで平民が学校に通いたければ、豪商や貴族の目に留まるほどの優秀さが不可欠なのだ。

 対して、探索者養成学校のシステムは真逆。

 抜け道を最初から提供して、それを通り抜けられる人間を引き上げるのだ。

 グラッドを始めとしたこの場にいる人間達で、それを知識として理解している者はいないが、長年経験しているので、異様さを感じるのは事実。

 例外は、


「じゃあ私も学校に行って探索者になる!」


 社会の仕組みを肌で感じていない少女達のような子供くらいだろう。


「……ああ。

 がんばれよ?

 そうだな……。

 黒兎で手の空いているメンバーにファーゼルまで護送させるか?」


 呆気に取られつつも、思い付きを口にするグラッド。

 この思い付きが後に、養成学校の学生を現役探索者が支援する徒弟制度の先駆けとなり、黒兎を名実共に探索者クランのトップに立たせる遠因となるとは、誰も予想していなかったことであろう。

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