第409話 雨合羽

 予想外に快適な迷宮都市での宿泊を過ごしたサザーラントからの避難民一行は寝惚け眼を擦りながら、7層にある大ゴンドラの前に集まった。

 太陽が出ず昼夜の感覚が掴めないダンジョン内では、迷宮都市内の鐘を朝晩の合図としているので、太陽と共に生活してきた人間には、どうしても順応に時間が掛かるのだ。


「さて、それではダンジョンアタックを行う。

 全員、こちらのローブを羽織るように」


 今回の参加者が揃っていることを確認したグラッドが、取り出したのは麻製のローブ。

 避難民達もよく知る一般的な雨合羽であるのだが……。


「このローブは守護竜様から加護を受けている。

 これから降りる41層にはゴーストしか出てこないから、遭遇したら身体を丸めて暫く待機するだけで、ゴーストは守護竜様の竜気によって退治され、安全にダンジョン探索が可能となるので、しっかりと身に付けるように!」

「「「……」」」


 そのローブの詳細を説明するグラッドだが、それを聞いても沈黙を続ける参加者達。

 しかし、それは説明しているグラッドも同じことを思っていたのでしょうがない。

 グラッド自身、自分の手に持つのが王都で銀貨5枚くらいで買える一般的な雨具にしか見えない。

 難民をまとめてダンジョンで始末しようとしていると言われた方が納得出来るくらいだが……。


「大丈夫だぞ?

 これは王国軍が採用しているマウントホーク辺境伯家からの正規品と同じ物だ。

 偽物が混ざることはない」


 彼らの沈黙を別の意味に、捉えた物資保管庫の担当兵士が太鼓判を押す。

 兵士からしたら、辺境伯家から提供されているローブへの信頼は充分なのだから、本物であると証明するだけの話だが、そもそも辺境伯産ローブについて知らない層には、一見ただの雨合羽にしか見えない物に、自分の命を預けるのは狂気の沙汰にしか感じないのだ。


「……兵士殿、防刃性能を見せていただいても?」


 そこで双方の事情を知るグラッドが動く。

 手に持つのがただの雨合羽ではないと証明するのが、1番手っ取り早いと判断したのだ。


「?

 別にかまわんが?」

「ありがとうございます。

 ……おい!」


 兵士に一言断って、クランメンバーに袖を持たせると、近くの槍を比較的力のありそうな参加者の1人に手渡す。


「これでローブを全力で刺してみてくれ」

「へ?

 重っ!」


 グラッドが軽く手渡した槍の予想外の重さに掴み損ねて、思わず落としてしまうサザーラント人男性。

 上半身が細いグラッドが軽く持っていたので大した重さはないと、目測を誤ったのだがそれはさておき。


「うおっりゃ!」


 それなりに武器の心得はあるのか、槍を掴み損ねる失態からは考えられないような、しっかりとした型で腰を据えて槍を突き出した。


「べひゃ!」


 ……まあ本職の探索者が、高い防刃耐性を持つ竜属性防具を支えているので、固い壁を全力で突いたような形になった男に全ての反動が集まり、尻餅をつく羽目になったのはご愛嬌。

 集まっている人間達は男の様子など気にも止めずに、本物の槍で刺しても傷一つないローブを注視する。


「と言う具合に、守護竜様のお力で特殊な性能があることが分かっただろう?

 分かったら着用して、ゴンドラに乗ってくれ」

「「「……」」」


 グラッドの言葉に、顔を見合わせながらも着用を始める参加者達。

 対して、


「……確かにこのローブの効果を知らなければ、こういうことも必要だな。

 王国軍では既にローブが必需品になっていたから気にもしていなかった……」


 兵士は数年で様変わりした自身を取り巻く環境に遠い目をすることになった。

 見た目はともかく、竜気を宿した法衣であるのでその価値は絶大。

 本来なら元帥級の上級軍人でも、着用出来ないクラスのアーティファクトが一兵卒に貸し出されているのだから当然なのだが、彼らはあまりに当然のように、その恩恵を享受していた。

 サザーラントからやって来た人間の様子に、それを再認識出来たこの兵士は幸せなのかもしれない……。

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