第408話 大裂孔(笑)

 『鬼の祠』の7層には、最深層まで続く大裂孔と呼ばれる巨大な亀裂がある。

 その亀裂は巨大で、数十人が手を繋いでも外縁を囲うことも叶わないほどだと言う。


 曰く……、

 その亀裂は邪神の残した爪痕であるとか。

 ダンジョンの主がバカな冒険者を誘い込む罠だとか。

 色々と悪い噂のある場所だが……。

 それも昔の話。


 今は人の背丈を越える高さで木製フェンスが周囲を囲い、その周辺には幾つもの家がある。

 同じような囲いは数段下の階層にも設置され、所々に小型の滑車式ゴンドラが設置されている。

 そんな大裂孔の中でも1番に目を引くのが、7層から足場経由で乗ることが出来る巨大ゴンドラである。

 馬車毎乗れるだろう巨大ゴンドラ。

 そのゴンドラへ続く道は色合いの違う服を着た兵士が守っている。


「ようこそ。

 と言って良いのか?

 此処があなた達が、数日生活拠点とする迷宮都市"タカヤマ"だ。

 この7層は、商取引エリアになっているから、8層の行政区画へ向かう。

 馬車を降りて、小型ゴンドラまで付いてきてくれ」


 ダンジョン内で、まさかの街出現に驚き唖然と立ち尽くすサザーラント人達に、号令して歩き出すグラッド。

 大ゴンドラから間隔を開けて設置された数人乗りゴンドラへ向かう。

 そこには、


「ようこそ、タカヤマへ。

 私は王国騎士団第9部隊副長を勤めているケインだ。

 一応、マカレール男爵位を賜っているが、タカヤマ伯爵家の代官として、出向しているので騎士扱いで良い」

「マカレール卿!

 お出迎えを賜り、光栄にございます!」


 若い騎士が部下らしい人間を伴って待っていた。

 そんな彼の挨拶を聞いたグラッドは深く頭を下げて礼を言う。


「気にするな。

 暇を持て余しているのでね」

「そのような……」


 畏まるグラッドに対しても、ヒラヒラと手を振って笑うケイン。

 だが、


「実際のところだがな?

 私はタカヤマ伯爵の代理として、この街を守っているわけだが……。

 犯罪もない。

 魔物の襲撃もない。

 そんな非常に平和な都市だろう?

 本当に暇なのだよ……」


 そう言って遠くを見るケイン・マカレール。

 閉鎖空間である迷宮都市では、都市を守る王国騎士の権威がとても強い。

 ましてやタカヤマ自体もマウントホーク辺境伯家の許可無しでは訪れることが出来ない場所のため、身元の怪しい人間はそもそも辿り着くことも出来ないのだ。

 かといって魔物の襲撃もなく、都市防衛員はひたすら暇なのだ。


「……」

「……まあ、後3ヶ月の余暇だがね」


 迷宮都市タカヤマが成立して1年少々。

 このタカヤマ護衛は、騎士団の骨休め的な扱いになりつつある。

 半年毎に滞在する騎士部隊が第4から新設された第9までの人員ローテーションで入れ替わるのだ。

 唯一、変更しないのは滞在する騎士部隊が第9を名乗ることと、部隊長がタカヤマ伯爵だと言うこと。


「……そうだ。

 もう直接9層の居住区に向かって良いぞ?

 私はこれから下に潜ってくるから」

「……はあ。

 ありがとうございます」


 さっさと大ゴンドラへ向かっていくマカレール卿達を見送ったグラッド。

 下の階層で魔物を狩って小遣い稼ぎでもするのだろうと、それ以上の詮索はしなかった。

 顔見せの仕事を早々と終わらせたかった、としか思えないが、あれでもスポンサー側の人間なので下手なことは言えないグラッドである。

 そんな彼に、


「あの!

 タカヤマ伯爵って言うのは……」


 同行者の1人が尋ねる。


「……ああ。

 それは分かりにくいよな。

 この街が出来上がった経緯にまで遡る話だが、ここはマウントホーク卿が自身のダンジョン探索用に設置した拠点。

 その後も辺境伯様が私財を投入して造り上げた仮設居住区だったんだ。

 そこを王国軍が間借りして、新兵育成や素材収集を行おうと考えたらしいが……。

 幾ら国軍とは言え、他者が造ったダンジョン内の施設を間借りしようと思えば、莫大な使用料が掛かる」


 あくまでも建前上はそうなっている。

 ダンジョン内で最も負担が大きいのは食料代で、個々の冒険者らは自前用意するが、王国軍はそこを辺境伯家に頼ろうとしたため、それに見合う代金を請求されて、請求額に目を回したと言うのが真相。

 途中に必ずオーガと戦う領域を挟んで、馬車数台分の食糧を輸送するのだから、対オーガ用戦力の準備に階段移動用の人足と言ったコストが掛かるので、毎月数万枚分の金貨を請求するのも当然だが、そんな請求書をいきなり送り付けられた宰相達からしたら堪らない。

 とは言え、軍部は明らかに魔物狩りの成果を見せており、今更止めるのは不可能に近かった。


『そもそも軍は金喰い虫であることとダンジョン産出品の換金である程度の相殺が可能』


 と主張する軍務卿。

 対して、


『国の予算が一方的に辺境伯家に流れるのは問題だ』


 と危惧する宰相や内務卿。

 双方の主張の妥協点が、見つからず連日の会議となったのだが、それは国の上層部の話である。

 それらが噂として民衆に伝わった結果、


「あまりに大金なので、払いきれなくなったファーラシア王国が考えた苦し紛れの対応として、その拠点を買い上げようとしたが、そっちも値段が高過ぎて無理だった」


 と言う恥ずかしい情報として出回った。

 しかも、


「だから、辺境伯様にタカヤマ伯爵って法衣貴族の地位を与えて、此処を代々のタカヤマ伯爵が管理する土地としたわけだ。

 それにより、法衣伯爵の安い年俸でこの迷宮都市タカヤマを王国軍が利用出来るって寸法だな」


 辺境伯にタカヤマ伯爵と言う地位を付与したので否定出来ない状況が出来上がってしまった。


 実際は、王家直轄地扱いのダンジョン内に街を造った辺境伯が悪いので、賠償金代わりに街を接収。

 しかし、辺境伯家が『鬼の祠』から撤退すれば、迷宮都市のインフラを維持出来ないので、法衣伯爵位を与えて維持管理を養成したと言う物。

 正直、どちらにしろ情けない話ではあるが、ダンジョン内に街を造ってはならないと言う法はなかったので、民衆の噂の方が王国へのダメージが少ないと放置された。


 なお、タカヤマ伯爵家設立に当たって、辺境伯家に支払われる費用が安くなったと言う事実はない。

 王国上層部の懸念は、支払い先が元々大金を納めている辺境伯家であると言う点が問題であり、建前でも別の家に支払われるなら問題ないのだ。

 外界ではそんな紆余曲折があるものの、この街内は至って平和に日々が流れているのであった。

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