第405話 昔を語る男
中央大陸でも有数の大都市ラーセン。
近年、右肩上がりに発展を続ける大都市でも、取り残された部分があるのは当然。
その最たる物が冒険者ギルドであり、それと提携を結んでいる各商家。
特に冒険者を相手にしていた居酒屋等は、閑古鳥の鳴く店も少なくない。
そんな店の1つで、薄汚れた皮鎧の男がくだを巻く。
「いい加減に抑えちゃどうですか?
店仕舞いしたいんですがね?」
「うるへー!」
自身の都合にほんの少し相手への気遣いを含ませて、声を掛ける店主に罵声を返す男。
これは目の前の男がこの店を訪れるようになってから、毎度繰り返されるやり取りだった。
しかし、目の前の客が閉店までちびちびと酒を飲むのは何時ものことでも、今日のような酔い潰れる寸前までと言うのは珍しい。
そんなことを考えながら、それ以上の関わりを避けようとする店主。
必要以上に踏み込まないと言う鉄則を守れなくては粗暴な冒険者相手に商売は出来ない。
しかし、カウンターで明日の仕込みをしようとした腕を掴まれては、それまでである。
「たまには付き合え」
「……しょうがないですね」
泣く子と酔っ払いには勝てないと、男の対面に座る店主。
「……」
「……」
愚痴を聞く代価として、男の勘定で酒を準備するが、意に反してしばらく沈黙が支配するが、
「……俺は元はサザーラントで狩人をしていたんだ」
「……」
静かに語りだすのは仕事の愚痴ではなく、自身の生い立ち。
店主は、今日の酒代を取り損ねないと安心しつつ、話を聞くことにする。
「知ってるだろ?
マウントホーク家によるサザーラントからの大移民。
あれでこの国までやって来た」
「あの移民団の1人だったんですかい?
けど、あれで移動した人達は……」
「フォックレストの北に開拓村を貰って、暮らしているだろ?」
店主が口ごもる内容にあっさり答える酔っ払い。
「あの開拓村に入る前に、ダンジョンに送り込まれるって話があってな?
俺は殺されると思って逃げたのさ」
「……」
店主には、客の行動を批難するだけの情報がない。
自分でも同じ行動をしない保証がないのだから。
「逃げた後は、近くの村に流民の振りして、根を下ろそうとしたんだがな。
……狩人の空きがなかった。
かと言って奪う真似も出来ないので、困っている時にファーゼル領の探索者養成学校の話を聞いた」
村毎に管理している森や川等は決まっている。
運良く、その管理者に空きがあれば代わりに収まることもあるが、大抵は管理者の血縁から新しく募る。
森や川の管理を怠れば、農作物を食い荒らされたりすることもあるし、熱心に活動しすぎて、獲物を極端に減らされても困るので、時間を掛けてその土地毎に管理のノウハウを伝授していくのだ。
下手な余所者が手を出すことは許されない。
農民としてなら、意外と受け入れられたりもするのだが、狩人として歓迎される可能性は少なかった。
……腕の良し悪しは二の次なのだ。
「それで探索者に?」
「……なり損ねた。
これでも故郷じゃ近隣一の狩人だったんだぞ?
今更、獲物の解体や皮の
中堅層の冒険者に多いパターンを踏襲したと言うことである。
大方、我流のやり方を否定されて、ムキになったんだろう。
等と考えながら話を聞く。
店主自身、仕入れ先を冒険者ギルドから探索者ギルドに移して、食材の質が上がった実感がある。
「……その後は冒険者になって今に至ると言うわけだ」
「……」
自嘲気味に肩を竦める酔っ払いに再び沈黙で返す店主。
探索者ギルドの発足で、減っていくと思われた冒険者は、むしろ増加気味にある。
これまでは社会から爪弾きになった後、犯罪に走る傾向にあった者が一時的に養成学校に身を寄せ、その脱落者が冒険者になるケースが増えたのだ。
目の前の男のように……。
それに伴い、冒険者は質が更に落ちて、ギルドには安い依頼しか集まらず、冒険者の大半はダンジョンに向かう。
そして、彼らが自主的にダンジョンへ消えていくことで、治安が良くなる。
困り事があれば、質の高い探索者に依頼するので、各地の生産性が上がっていく。
取り残された目の前の酔っ払いや、彼ら相手に商売をする自分達を除いて、国は良い方に向かっていく。
「……乾杯しましょう!
でなきゃやってられない!」
「お? おお!」
男の杯に酒を注ぎながら、声を掛ける店主。
目の前の酔っ払いと一緒になって、不満を飲み下せば文句を言いながらも、明日を生きていけるのだからと……。
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