第404話 疑惑

 ミルガーナ改めマウリー・サザーナに従った元サザーラント人達は、現在不安の渦中にいた。

 これまで通りに農民として、生きていけば良いと思っていた彼ら。

 もちろん、新天地でいきなりこれまで通りの生活が出来ると考えるほど、楽観はしていなかった。

 ……子供や孫が育つ頃には、くらいの期待はあったが。

 そんな彼らの思惑は、いきなり叩き潰される。


「それでは各家族単位で、用意した仮設住宅に入居するように」


 と命じる案内役のマウントホーク家従士によって。


 ……それが不思議だった。

 ここに来るまでに、自分達の元領主や村長達から散々聞かされたのだ。

 サザーラント帝国では若い世代を中心に、純愛物語のような噂になっていたアイリーン皇女とケーミル公爵子息の行い。

 伯爵以上の貴族領では、公然と話せば周囲が眉を潜めるのでダブー扱いではあったが、サザーラント人として選民思想傾向にある民衆は、内心では喝采を挙げていたロマンス。

 しかしそれが母国を周囲から"蛮族の国"と蔑まれる原因にしているとは多くの民衆の想定外であった。

 この説明を受けた当初は、年配層を中心に反論が巻き起こったが、説明者達が挙って"相手から物を騙し取る者が支配する国を他にどう表現する?" と訊ねられては自然と沈黙するしかない。


 大半の人間は、元々約束を破ることは悪いと理解してはいたのだ。

 だが、向こうから攻撃されたと言う思いと自分達の方が上位者と言う思い込みが、若い皇女と公子の不当行為を正当化する温床となっていた。

 しかしどれだけ正当化しようとも、悪行は正論の前に無力である。


 と、紆余曲折を経たものの自分達の実情を正しく理解しつつ、ファーラシア王国を北上した一団。

 彼らは口にこそ出さなかったものの、開拓用の荒れ地に連れていかれると思っていた。

 自分達はアイリーン達の尻拭いをさせられるのだろうと……。


 だが、辿り着いたのはファーラシア王都ラーセンの郊外に設けられた住宅群。

 従士は仮設住宅と言うが、どれも自分達が住んでいた農家よりもしっかりした造りである。


「王都への食料供給を担うのかのう?」


 長老格の1人が口にしたのは、多分に希望的観測を含んだ言葉。

 仮におきなの言うような事態であれば、万々歳である。

 辺境の端の端であれば、自分達が魔物に襲われようとも辺境伯家には欠片の痛痒もない。

 外聞があるので、見殺しはないにしても防衛に力を入れることは考えづらく、かと言って自衛のための武装も許されない。

 もちろん、在野の魔物の大半はそれほど恐れるほどの脅威ではない。

 数十人の警備兵でも対処は可能だろうが、それでも不安が付き纏う。

 警備の隙を突いたゴブリンに女子供が拐われた事例は無数にあるし、自分達の故郷でも同じような経験が語り継がれている。

 それが王都への食料供給を担うのであれば、その警備は厳重になり、比例して安全も増すのが当然。

 王都の近隣でそんな不祥事を起こせば、辺境伯家が恥を掻くのだ。

 しかし、


「……有り得んでしょう」


 近くの壮年男性が否定する。

 それが自然。

 王都への食糧供給源と言うことは、王都近郊であり交通の弁が良い土地である。

 そんな好物件を元敵国の臣民に差し出すのは、酔狂を通り越して無能と蔑まれかねない。


「……そうだな」


 それは老人達も分かっている。

 しかし、近年の苦境を思えばそろそろ良い目が出てほしいと思うのも自然だろう。

 先のゼファート軍の侵攻から始まった日々は、長老達の生きてきた何十年と言う年月に置ける全ての不幸を合わせても、足らないほどの辛く険しい日々であった。


「明日から、ダンジョンに潜ってもらうことになる。

 今日はしっかり身体を休めて、明日に備えよ!」


 だが、神の振るう賽子には悪い目ばかりしかないようで……。

 彼らの希望は、従士達の言葉で完膚なきまでに叩き潰された。


「……どうやら、辺境伯にとっても我々は邪魔者だったと言うことだろうな」

「……ダンジョンに追い込んで始末してしまう腹積もりか?」


 訳知り顔で呟く学者風の男とその仲間の声に、絶望が蔓延していく。

 救いの手と思って掴んだのは悪魔の手だったと気付かされたのだ。


 この言葉に、身体の動く者は夜の間に逃げ出し、残ったのは身体の弱い者と家族を見捨てられない者ばかりとなった。

 ……辺境伯家に都合の良いことに。

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