第403話 空になる帝城の食糧庫

「陛下。

 城内の小麦の備蓄がついに切れました」

「そうか……」


 倉庫番を任せている配下の報告に、天井を仰ぎ見るしかない自称サザーラント神聖帝国皇帝バンダー。

 元ケーミル公である彼の父親が死に、ケーミル領から起こった内乱は、枯れの野を焼くように急激にサザーラント神聖帝国中へ拡がった。


 賢君として知られたケーミル公爵の治めていた土地の兵は、周辺に比べて高い能力を秘めていた。

 その兵が主君の仇とばかりに、周囲の村を襲い始めれば、彼らに食糧を奪われた村はより弱い村を襲い出す。

 その流れが断ち切れなければ、終端となる村に辿り着くまで、火の手が収まらないのは自明の理。

 もちろん、バンダーもそれが理解できない程愚かではない。

 初期消火のために、自身が継ぐはずであったケーミル領へ帝国軍の派兵を命じたのだが……。


 ケーミル領へ辿り着くことも出来ずに壊滅した。

 当然の成り行きである。

 帝国軍の中核は、下級兵からまともな軍学も習わずに昇格した将軍モドキばかりである。

 彼らに取って兵糧は勝手に供給されるものであり、運ぶと言う感覚はない。

 そこで彼らは現地調達の愚行に出る。

 ……いや、自領での現地調達は正しい手順であれば、理に叶う行為であり、やり方の問題ではあるのだが……。

 各村や街の余剰分を超えた量を強制的に、奪い取ったのだ。

 ただでさえ、慢性的に食糧不足となっている集落から!

 そんな行動をすればどうなるか?

 移動速度の遅い軍よりも身軽な住民達が、先に情報を各地へ伝え、それを聞いた別集落の人間は固く門を閉ざして、軍の入場を拒否するなどの敵対行動を起こす。

 時には親切に道を教える振りをして、『魔物の領域』へ誘導する人間まで現れる始末。

 正確な地図など無い世界で、地元住民を敵に回す危険性を理解出来なければ当然の結果を迎えたのだが……。

 バンダー達からしたら堪ったものじゃない。

 出立時に手配した食糧を無駄に消費した挙げ句に、帝国軍は弱いと言う事実を、喧伝するだけの軍事行動になってしまったのだ。


 そうなれば、弱くて怖くない帝国に搾取されるよりも、自助努力で生きようと考える集落が増えるのも当然で、帝都でさえ、周辺の村落から満足な食料供給が受けられない事態になってしまった。

 今や、帝城と帝都に有るのは何の価値もないサザーラント硬貨の山だけである。


「……仮に硬貨を鋳潰して、金や銀に戻せば他国から食糧を購入することは可能か?」

「私は倉庫番ですので、詳しくは……。

 しかし、各国の貨幣には状態保存の魔術が施され、解呪することは難しいと伺ったことがあります」


 倉庫番と言えど、一応財務官僚の端くれ。

 一般人よりは貨幣に関する情報を持っている。


「……そうだったな」


 倉庫番の指摘で思い出すのは、各貨幣に魔術的に施されたプロテクト。

 これは、竜賢伯がもたらした最も古い魔術の1つであり、術者本人にも解呪出来ない代わりに、非常に強固に対象物を守る魔術である。

 数多の大魔術師が、古い貨幣から貴金属を回収しようとして挑み、志半ばで挫折していった道。

 ……まあ、貨幣の状態保存魔術に挑めるレベルの魔術師なら、普通に働いた方が稼げると言う事実もあるのだが。


「術を人類に授けたと言う伝説の竜賢伯であれば、或いは解呪も叶うだろうが……」

「竜賢伯様でございますか?

 お伽噺の存在では?」


 リースリッテ本人が、つい最近まで近所にいたのだが、一般的な人間族の感覚では、竜賢伯は言い伝えレベルの認識なのだ。

 ……ちなみに、術の制約上リースリッテでも不可能であり、出来るとすれば解呪特化の能力を得たユーリスか、でなければテイファくらいのものである。


「誰かいないのか!

 サザーラント貨幣を交易で認めてくれる勢力は!」

「陛下、落ち着いてください。

 そのために宰相様が、ゼファート竜に頭を下げに行っておられるのでは?」


 頭をかきむしるバンダーを懸命に宥める倉庫番。

 しかし宥めている倉庫番ですら、これから事態が好転するとは思えない状況であった。

 何せ帝城の人間は、今日の夜の食事にすら困る状況なのだ。

 何時、帰って来るかもしれないスナップを待ち続けるだけの余裕は残されていない。


 バンダーとスナップ・アッチに手を差しのべてくれる人物は現れず、かと言って、銀行家を狙うだけの余力も残されていないバンダー達であった。

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