第406話 黒いウサギ

 ファーラシア王国の王都ラーセン。

 その郊外に用意された仮設住宅群で一夜を過ごした元サザーラント人の集団は、期待と不安の入り交じった表情で、住宅群中央の広場に集まっていた。

 不安の原因は、ダンジョンに送り込まれると言う恐怖。

 国内に僅かしかなかったサザーラント人にとって、ダンジョンは馴染みがなく、無数の魔物が棲む危険な場所であり、そんな所から産物を持ち帰るのは下賎な他国人の仕事だと、親兄弟から教え込まれてきたのだ。

 若い男を中心に、下賎な仕事はしないと言うプライドを理由にして、住宅群を抜け出した者も多く、昨日到着した時の3分の2程度の頭数に減っている。


 対して、期待の面。

 仮設住宅の住み心地は良く、食事も食材が山程入ったシチューに柔らかいパンが、朝晩続けて提供されている。

 これからダンジョンへ追いやられる人間に施すのはおかしいと言う者が多くいた。

 同時に最後の晩餐だと自嘲する人間もそれなりだったが……。


「静まれ!

 昨日布告した通り、その方らにはダンジョンへ潜ってもらうことになる。

 それに際し、指示と監督をする者達を呼んであるので、以後、彼らの指示に従うように!」


 そんな哀楽混じりの喧騒に終止符をもたらしたのは、先日までの先導役だった従士。

 彼に付き添われて、やって来たのは獣人と呼ばれる異形の男であった。


「……さて、マウントホーク辺境伯様より、今回の件について委託を請け負いました。

 探索者クラン"黒兎こくと"の団長をしていますグラッドです。

 これより先は我々が責任を持って、皆さんの安全確保に努めていきますので、指示に従うようにご協力ください」


 その獣人は、エルフと敵対してきた時代的背景から、亜人を粗暴な蛮族と蔑んできたサザーラント人の面々が想像していたよりも、遥かに洗練された礼をする。

 着ている服も多くの布が使われた代物であり、グラッドの財力を無言でアピールしていた。


「何か聞いておきたいことはありますか?

 不安や不信を抱いたままでは、ダンジョンに潜る時に問題になることも多いので、今の内に疑問を解決したいのですが?」


 ざわつく集団に対して、質疑応答を提案するグラッド。

 ここで護衛対象の信用が得られなくては、魔物に強襲された時にパニックになる危険があるので、手間だと思ってもしっかり対応する。


「……あの!

 何でダンジョンに潜ることになっているんですか?」


 あれこれと喧騒が続く中から大きな声が挙がる。

 移民達が最も知りたい内容だからだろう。

 その質問と共に急に静かになる集団。


「ダンジョンに一緒に潜ることでレベルを上げて貰います。

 それにより高い身体能力を得れば、より効率的に開墾等が行えるようになりますし、自分達の身を自分で守れるようになるのです」

「……私達のためなのですね?

 けれど、そんなに変わりますか?」


 開墾と言う言葉から、自分達がこれまで通り農民として暮らすことを許されると判断したのだが、レベリングについてあまり実感がない彼らは、レベルアップの効果に疑問を投げる。


「かなり変わりますよ。

 個人差はありますが、レベル10以上になれば、一抱えもあるような岩でも、1人で持ち上げるほどの腕力が得られます」 

「そんなに!」


 グラッドの返答に驚くのも無理はないが、そもそも5層より浅い層で、レベルを10まで上げようと思えば週の半分をダンジョンで過ごしても、2年程度掛かる難事なのだ。

 冒険者自身もレベルアップの恩恵に無自覚になるのもしょうがない話である。


「ええ。

 それにより、新天地での生活がグッと楽になると思います。

 もちろん、不安もあるかと思いますがそこは我々が万事に備えますので、ご安心ください」

「本当に?」

「ええ。

 これでも国で最高峰の探索者クランの自負があります。

 その名声に掛けて皆さんの安全を確保いたしますので……」


 なお不安気な質問者ににっこりと笑い、グラッドは腕輪を見せる。

 黒い兎の描かれたそれは、ラーセン近郊なら身に付けていれるだけで、高級レストランに顔パスで入店出来る程の信用性を持っているが、此処に着たばかりの彼らには通じない。


「……とにかく!

 安心してください。

 辺境伯様の軍もご助力いただく手筈ですので!」


 静かな空気に滑ったことを悟ったグラッドは、顔を赤らめつつ、そう言って締めくくったのだった。

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