第392話 凶風警報

「どうしてこうなった……」


 サザーラント帝城の皇帝に与えられた私室で、バンダーは大いに頭を抱えていた。

 目前には、青い顔のファスタ太守。

 事の発端は……。





 サウザンポートを失ったサザーラント神聖帝国の玄関口となった港街ファスタ。

 その港に南大陸との交易を担う商人所有の船が、寄港した。


 そこまではいつもの日常。


 だが、降りてきた人間が異様であった。

 南大陸との交易を担う船を預かる船員達。

 彼らは商会からの信頼も厚く、能力的にも優秀なエリートである。

 いつもは颯爽と降り立ち、肩で風を切って歩く羨望の的。

 だが、今回は状況が違った。

 痩せこけた顔で、ゾンビのように下船する船員達。

 いの一番に、水を求めてさ迷う様は港の人間を大いに不安にさせた。

 それが太守に、そしてバンダーに伝わるのも自然な話で……。







「帝都で魔竜ミフィアに宣言された内容が、こうも速く南大陸に伝わっていたとは……。

 対応が遅れて申し訳ございません」


 一通りの事情説明を終え、最後に深々と頭を下げる太守。


「いや、しょうがない。

 帝都からいち速く移動したのは、南大陸でも大棚の商会に属する人間だろう?

 あの時点で、太守権限の拘束は出来ないのも当然だ。

 しかし困った」


 バンダーは自己保身から太守の謝罪を速やかに許す。

 帝都掌握に追われて、外国商人の拘束をしなかったバンダーの責任がより重いのも当然だから、追及したくないのだ。


「他の商人や帝国海軍にも依頼し、寄港許可を求めたのですが……」


 口外に軍事圧力も掛けたと伝える太守だが、


「竜と揉めている国に関わりたくないのは当然か……」


 バンダーは諦観の表情になるしかなかった。

 最初に報告を入れた船を皮切りに、サザーラント神聖帝国に属する全ての船が、南大陸の玄関口となるコローシェから、入港を断られたのだ。

 しかし、船に乗っていた船員達にもエリートとしてのプライドがある。


「はい。

 南大陸には他にも国がありますので、そちらの港に向かったようですが軒並み入港を断られ、やむを得ず帰路に着き……」

「……途中で飲料用水が尽きたのだな?」

「そのようです。

 殆んどの人間が、干からびたような状態で帰港しました。

 その船長も報告後に息を引き取りました……」


 外洋航行の技能がある人間が多く失われた。

 本来、その経済損失は莫大だが、今回に至ってはそれも取るに足らない状況。

 何せ、交易出来ないので、外洋に出ても意味がなくなってしまったのだ。

 しかも、


「なお、現時点で消息を断っている中型船が6隻。

 恐らく、これらは帰港出来なかった物と思われます」

「……聞きたくないが、聞かざるをえんか」

「積み荷として、1隻辺り大体金貨5万枚相当だと申告がありましたので、30万枚。

 乗組員の経済効果を、1人年間金貨200枚と仮定して、1隻約100人の船が6隻ですので、金貨12万枚。

 加えて、船自体の価値が1隻20万枚前後。

 ……62万枚の消失になります」


 冗談抜きで領地付きの城が買える損失である。

 帝都に本店を置く大棚の多くが潰れることになる非常事態だが、


「それを補填してやる金もない。

 いや、貨幣を作るだけなら簡単だが、外貨としての価値がない以上は、作っただけ価値が下がると言い換えるべきか?」


 他国に置けるサザーラント金貨は、い潰して貴金属として回収するしかない代物であり、貴金属の含有率からみて、い潰すコストが上回るゴミとなっている。

 バンダーが、貴重な貴金属からゴミを作ると言う判断をしないのも当然。


「……その判断が正しいかと思います」


 交易拠点を任されている太守も、その辺の理解力はあるので頷く。


「……どうにかならないものか?」

「……スナップ殿が、守護竜ゼファートとの和解を勝ち取って来るまで耐えられれば、としか申せません」


 それは、すなわち自分達全員の首を代償に、国民を救ってほしいと言う嘆願が通ると言うことである。

 それを理解したバンダーの表情は暗い。

 何せ、どちらにしろ自分達の命はないのだ。

 ならば、一思いに殺してほしいと思うのも人の心理。


 なのに!


 今のままでは家族を含めた数多の人間から、怨嗟を向けられながら、真綿で首を絞められるように殺されていく未来が待っている。

 まさか、ただ殺されるよりも惨い対応をされるとは思ってもみなかったのだ。


「あの竜は、我々の話を聞いてくれるか?」

「…………」


 すがるようなバンダーに、太守は何も言えない。

 政治に身を置きながら、無償で助けてくれる奇特な人間はまずいない。

 信用を担保にした将来の見返りが求められるのは、当然。

 しかし、肝心の信用を壊したのもバンダー達本人である。

 ……アイリーン皇女を連れ去った時点で、地獄へ続く道に自ら足を踏み入れていたのだと、彼らはやっと理解したのだった。

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