第393話 ビジーム商人カンダタ

 交易の盛んな商人の領域であるビジーム地方でも、トップを争う豪商として、名の知れたカンダタ。

 1代でそこまで成り上がった奇才と言う評判を持つ男だが、その真の顔を知る人間は少ない。

 彼はサザーラントから人間を仕入れ、アガーム南東部へ売ることで、財を築いたアンダーグラウンド出身の人間なのだ。

 そんな闇の商人は、自室で頭を抱えていた。


「まさか、こんな事態になるかよ!」


 彼の前には、立ち上げからの腹心である商品護送団長と、山と積まれた金貨。


「……しょうがないだろう。

 お前の判断ミスだ」


 その状況で団長の声は冷たい。

 ある程度、財を築いた時点で、人身売買から手を引けば良かったのに、誘惑に負けて引き際を誤ったのだと……。


「うるさい!

 お前も止めなかったじゃないか!」

「当然だろう?

 俺はお前からまともな賃金が払われていれば問題なかったんだぞ?」

「お前、まさか!」


 勝手に苦楽を共にした友だと思っていた相手が、実は雇われとして一線を敷いていた事実に驚愕するカンダタだが、団長の男は冷めた視線のまま、


「当たり前だろ?

 お前はこれまで俺に余分なサザーラント金貨を与えてくれたか?

 アガーム貨幣での賃金しか払っていないだろ!」


 今更、こんなゴミは要らんがな! と金貨の山を蹴り飛ばす。

 散らばった金貨には、どれも、重なるように2隻の帆船が描かれている。

 "双重船クロシップ金貨"とも呼ばれるサザーラント金貨。

 サザーラントで、人を買うために大量に用意していたカンダタ商会の資産である。

 ……ビジームでトップクラスの豪商ながら、今のカンダタ商会には、公用貨幣として利用されているアガーム貨幣は少なく、金庫には不良貨幣ゴミばかりが山と積まれている。

 ……商会長カンダタの采配ミスで。


「ゼファート竜とやらが供給源を潰したのを契機に、人身売買から手を引くべきだったんだ。

 そうすれば、ここにあるのは大量のアガーム貨幣だったし、頭を悩ますこともなかった」

「うるさい!

 まさかサザーラント帝国自体を無いものとすると思うか?!

 クロシップも価値が下がっていたのだし、誰でも交換しておこうと思うだろうが!」


 実際、この一年でサザーラント金貨は価値を下げ、ゼイム侵攻前の半分程度まで落ち込んでいた。

 逆に、半分程度で治まっていたとも言えるし、その原因がカンダタ達ビジーム商人の回収による影響とは考えていない。

 しかし、


「現状は変わらんだろうが!

 それとも、ゼファート竜の元にこれを持ち込んで交換を願い出るか?!

 向こうからビジーム商人が人身売買に手を貸していたので、捕らえて処刑するように要請されているんだろが?!」


 団長は現実逃避するなと怒鳴る。

 サザーラントから遠く離れたビジームの商人が大量のサザーラント金貨を持ってくる。

 そんなのは自分が犯人だと自白しているに等しい暴挙だ。

 しかし、無価値となったサザーラント金貨を持っていても、動かせる現金がなくて、倒産しそうなカンダタ商会の事態には影響しないのも事実。


「ちくしょうが!

 これも全部まともな舵取りが出来ない馬鹿皇女のせいだ!」

「馬鹿はお前だと言っているだろう!

 困窮したサザーラントで、若い男女が安く出回ると下手な欲を掻くからこうなるのだろうが!」


 アイリーン皇女がまともな戦争が出来る余裕のある内に終戦させれば、自分が困ることはなかったと嘆くカンダタ。

 どちらにしろ、ゼファート側が完全な相互不干渉条約を求めて、サザーラント金貨は無価値になったはずだが、そこに頭が回るほど優秀ではない。

 対する団長の男は、本当の馬鹿はお前だと罵る。


「……まあ良い!

 俺はこれからファーゼル領に移住する!

 今まで世話になったな!」

「ちょ!

 何で急に!」


 これ以上の議論を諦めた団長だった男を慌てて引き留めようとするカンダタだったが、


「明日からの給料も払えん奴に、手を貸す義理はねぇ!」


 と怒鳴って、退席してしまう。

 男は、長年の雇用主に別れの挨拶に来たのだ。

 腕には自信があるし、探索者になれば罪歴も不問になるから、家族で移住しようと考えている。


「…………不味いぞ!

 倒産しようものなら、状況がゼファート竜にバレる。

 いや、金の切れ目が縁の切れ目と、人身売買を密告する輩も!

 ……こうしちゃおれん!」


 此処に来てようやく自分の立ち位置を自覚したカンダタは、残っていたアガーム貨幣をあるだけ持って夜逃げする。

 商会を維持するのは無理でも数年遊んで暮らせるくらいはあるのだからと……。




 後日、カンダタ商会の商会長夫人とその娘達が中堅売春宿で働いていると、ビジームの都市では、まことしやかに噂されたのだった。

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